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ABOUT
TWST・KHの非公式二次創作置き場になります。公式様とは一切関係はございません。CPは、twst→ジャミカリ(カリム右固定寄り)、kh→空受け全般です。同人にご理解のない方は閲覧をお控えください。又、無断転載・オークション等への出品などは固く禁じております。
管理人・製作者/ゆるた pixiv*Privatter(フォロー・ログイン限定)
EVENT(2021~)
8/22 (大阪)不参加
超SUPER COMIC CITY 2021【超Beckon of the Mirror 2021夏ジャミカリプチ】
(※情勢を踏まえまして、申し込みしませんでした。不参加になります)
9/11 22:00~9/12 21:00 (pictSQUARE)
ジャミカリwebオンリー~従者の蛇はあばれん坊♡3~(参加確定:サークルスペース→南館・お5)(終了しました!ありがとうございました!)
▼出展作品(小説)
◆Dolls序章 (特殊設定パロディ小説本の序章、サンプルページ。ページ数、価格未定。通販は検討中)
6/25 22:10~ 6/26 22:00 (pictSQUARE)(終了しました!ありがとうございました!)
ジャミカリwebオンリー~従者の蛇はあばれん坊♡2~
(参加確定:サークルスペース→西館お7)
▼出店掲載作品(小説)
◆オアシスの果て*R18(カリム誕生日ネタ≪他キャラ: 捏造モブ、スカラビア寮生≫)
◆Timeless(前編)(転生現パロ高校生≪他キャラ:オクタ、エース、ラギー、捏造モブキャラ≫)
⚠リンク先がないものはただいま準備中です。少々お待ちください。又、予告なくタイトル消去&変更することもございます。ご了承ください。
BOOK(未定)
Dolls (ジャミカリ・パラレル・ドール特殊設定) (ページ数・価格未定)
➥サンプル1 サンプル2 サンプル3
※執筆検討中。
TWST
※すべてジャミカリ前提です。他キャラ・オリキャラ多数出演しています。
※R指定の絵はポイピクに置いております。(要・フォロー&ログイン)
*→R18
NRC編
その戯言に俺は殺される*/すきなひと*/ようこそ、おかえり/やがて晴天へ/褒美を授けて輝く月に*/スカラビア寮生による報告/番犬による注意喚起事項*/毒にも薬にもならない約束/もうすこしがんばりましょう/オアシスの果て*
アジーム捏造編(幼少期・学園卒業後等。モブ・オリキャラ多数・カリム既婚描写あり・アジーム内の治安は悪め)
なんてやさしい食卓/雷雨/密やかなる/花は摘まれた/原石に捧ぐ/使用人Aの日誌/たとえばなし/ナイト・フラッシュ・バック
パロディ
Dolls序章(新米建築家と特殊設定ドール)
TRUE END WORLD*(4章成功軸ジャミルVS失敗軸ジャミルの異世界話)
落描き絵
Dolls設定集/アジーム捏造/ゲーム内イベント編(ガラ・スケモン)/ タイムレス初期設定画/落日を呑む設定画/拍手絵/旧スカラビア寮&アジーム記念館について
KH
※すべて空受け前提です。
※R指定の絵はプライベッターに置いております。(要・ログイン)
☆→陸空 ★→若空 △→六空(その他・空受け)*→R18
あたたかな☆/優しさをたべた日*☆/あまい休日☆/オレンジの灯の下で*△/とらわれの身の上 *★☆△/もうひとつのメイドの話*★/IF/カプチーノ★/
カナリアを呼ぶ・後編(R18)
※ジャミルに正妻がいます。また、オリキャラが多数出てきますのでご注意ください。
―――
誘拐犯に殴られた時も、刺客に腹を刺された時も、傍にはカリムがいた。
まだ従者としての訓練も受けていなかった頃のカリムは俺の隣でただ泣き、助けを呼びに行く程度のことしかできなかった。
俺がしっかりしないと、こいつはただ泣き続けるだけだ。
バイパー家の長男として、カリムも護らなければならないと思っていた。
やがてその思想はほんの些細なこと変化する。
NRCに入学する前の話だ。
14歳の誕生日に出された食事には毒が盛られていた。2口目に気付いた時はもう遅い。その場でスプーンを放り投げて、床に倒れ込んだ。俺はそのまま、数日間昏睡状態に陥った。
浅い息を吐きながら、弱弱しく瞼を開けると、カリムは涙を溢しながら俺の手を両手で包み込むように握っていた。
いつもなら、泣かないでほしい、お前の泣き顔が苦手なんだって、思えたはずなのに…
その時の俺の心の中はまるで闇に覆われたようだった。
『…お前が……毒に当たればよかったのに』
『ジャミル…?』
『……長男だからって、なんで俺ばっかり……従者のくせに…俺の代わりに…毒に当たっていれば…!』
高熱が続く中で吐き出された言葉に、カリムの顔は青ざめて、いつの間にか大粒の涙は止まっていた。
回復して最初に出された食事以降、カリムの毒味が必須となった。どうやら本人が父親に懇願して、自ら申し出たらしい。
従者の訓練もまだ始まっていない年月だったが、カリムはどの従者家系の子供よりも積極的に訓練を受けていた。その訓練の延長線上にあったのが、熱砂の魔法学校への入学だ。俺がNRCに在学している間、カリムはそこで将来に役立てるための魔法学を学ぶはずだった。
バイパー家の嫡子は代々、国外の名門魔法学校へ入学しなければならない。
父親も、祖父も、曾祖父も商家としてはもちろん、魔導師としても優秀であった。俺も何の疑問もなく、敷かれたルートを辿っていく。
しかし、父が卒業してから数十年が経った学園は想像とは少し違っていた。
厳格で高貴な鏡に認められる、選ばれし生徒ばかり―。では、なく。
『カリムが…?』
『ああ。入学手続きに少し不備があったらしくてね。数か月遅れの入学になってしまうが』
『でも俺は……』
『アジームの嫡子は一生涯の従者になる。2人でたくさんのことを学んで来なさい。お前は賢い子だからよく分かっているだろう』
入学前にユニーク魔法を身に着けていたカリムは、なんの不備があったのかNRCに編入することになった。当然ながら、4年間を過ごす寮の振り分けも同じだ。
この頃の俺は、自由を求めていた。
父のことは尊敬しているし、バイパー家のことも誇りに思っている。しかし、熱砂の邸宅内で過ごすには、窮屈に感じることも多かった。
俺を疎ましい存在だと思う輩が、俺の食事にだけ毒を混入したり、刺客を送り込むなど、物心がついた頃には普通の子供として邸宅で過ごすことは許されないのだと知った。
入学すれば、しばらくそんな目に遭うことはなくなるだろう。付き人の護衛だって断った。
俺はたった1人で、俺のことなど知らない生徒の多いこの学園で、周りの目を気にすることなく青春を謳歌したかったのに。
『ジャミル!』
『……お前…なんだよその荷物の量は…』
『ジャミルのとーちゃんに頼まれてさ!実家にあった服とか、いろいろ持ってきたぜ!』
『……ああ、そうかよ』
この学園に入学しても、またしてもカリムは俺の傍にいることとなる。
従者の訓練を受けたといっても、すべてが完璧じゃない。むしろ鈍感で、間抜けなやつだ。
弁当ひとつを作らせても、卵焼きには卵の殻が入っているし、俺好みの味付けなんてできやしない。身支度をさせても遅い。
役立てることなんて、毒味以外に何もないくせに。
『副寮長…あの…』
『ん?』
『この課題の、質問の意図がよく分からなくて…教えてくれませんか?』
『これ、1年の教材だな。でもオレなんかより、ジャミルの方が教えるの上手いぜ!そうだ、みんなで勉強会をするか?』
『いえ、あの…寮長ってなんだか近寄りがたくて…なあ…』
『う、うん…僕達、あまり好かれてないと思うので…』
『カリム副寮長のほうが聞きやすいっていうか…』
『え…?』
『とっつきにくいっていうか…この間も、課題の提出が遅れたせいで無視されたり…』
『俺も…すげー呆れた顔をされたこともあるし…』
『ま、待ってくれ。みんなそんな風にジャミルのことを思ってるのか?』
『だって…ジャミル寮長って…俺達のことを見下してるじゃないですか…』
『お、おい。やめろって』
『傲慢で…不機嫌だとすぐに態度に出るし…』
『みんな、怖がってるんです…転寮したいって奴もいて』
『こいつなんてこの間、中間テストの点数が平均点下回ってたでしょ?それから寮長が口を聞いてくれなくなったらしくて』
『僕も。もう限界で…怖くて…』
『そんな…ジャミルはそんな奴じゃないぜ、話せばきっと分かる!みんな、何か誤解しているんじゃないか?ジャミルは優しい奴なんだ』
『でも…俺…ジャミル先輩じゃなくて、カリム先輩がよかったです』
『おい…聞こえるぞ』
『な、なんの話だ?』
『はっきり言って、僕達はカリム先輩が寮長になるべきだって、思ってます』
『ジャミル先輩は、スカラビアの寮長に相応しくない。カリム先輩がなるべきだ』
消灯時間を過ぎた談笑室の会話を聞いてしまった時、俺の中でどろりとした薄暗い色をした何かが、滴り落ちる音がした。
入学してから1年、もうすぐサマーホリデーが始まる時期の話だ。
どいつもこいつも、底辺で、低俗で、この学園に相応しくないくせに、俺とカリムを比べようとする。
邸宅でも同じような評価をされたことがある。カリムは人懐っこく素直で、従者としての能力はまだ低いが、愛嬌がある。周囲の人間を明るく照らす。対して俺は、成績は優秀だが、不愛想で近寄りがたい。バイパーの跡継ぎ息子だから、教育チームの大人達ですら、意見は言えない。あのままでは冷めた人間になる。大きなお世話だ。
カリムさえ編入してこなければ、俺はこの学園で、寮長として慕われる存在だったのだ。それが、こいつが入学したせいで、身のまわりの支度も手間ばかり取らされて、勉強の時間も削られて、何かあれば逐一実家に報告されて。
俺がどんな気持ちでここに来たのかなんて何も知らないくせに。
―カリムが寮長に相応しいだと?
馬鹿なことを言うな。お前等は、
『何も知らないくせに……』
『寮長…!?』
『ただの従者のくせに……お前が…お前さえここに来なければ…!』
『ジャミル、駄目だ!落ち着いてくれ!頼むよ、ジャミル、ジャミル…!』
『ぐ、っ…うわああっ!』
『おい大丈夫か?!』
『ジャミル、分かったから!オレは実家に戻るから…!こんなこと、やめてくれ!』
黒い魔人が俺を護るように、寮生とカリムの間に立ちはだかった。
___
自室の窓を開けると、夜風が入り込んでくる。少しの肌寒さを感じながら、煙を吹かし、青臭い学生時代を思い出す。
肺にいれる嗜み方はあまり好まない。口の中で香りを味わって、口先だけで煙を弄ぶほうが性に合っている。
学園を卒業して父親から真っ先に教わった嗜み方だ。
結果的に俺は学生時代にオーバーブロットをした。
学園やカリムに対するしょうもない劣等感と征服欲と、わずかな独占欲のせいで。
バイパー家の恥だと罵られてもおかしくはないと覚悟して、その年のウィンターホリデーに帰省するとまずは母と妹に元気そうでよかったと涙ながらに思い切り抱きしめられた。
父にはこっぴどく叱られたものの、恥という言葉は出てこなかった。そして、父の傍らに控えるカリムの父親には、ただひたすらに愚息が申し訳ないとカリムと一緒に謝罪される始末。
土下座、一族解雇、なんて言葉がアジーム家の人間から出て来たものの、それは父と同じように真っ先に拒否した。カリムやアジームの筆頭に土下座させるなんて、異常に気分が悪い。こんなこと、二度とさせたくないと思った。
それから学園に戻って卒業するまでの間、劇的に俺の覚悟が変わった。
カリム自身に楽しみを見出してしまったのだ。従者であるカリムを飾り立て、俺の隣にいることに相応しい教養や作法、振る舞いを身に着けさせる。NRC生とは思えない潔白な中身は、十二分に俺の隣に置くには相応しい条件を満たしている。
卒業するころには、さらにカリムを輝かせるために必要だと思ったので、他国で初めて買い付けてきた純金のピアスを贈った。
『これ、すげー高価なもんじゃないのか?!』
『そうだ』
『オレが身に着けていいもんじゃないだろ!』
『はあ?俺がお前に身に着けるべきだと思ってやるんだ。ちゃんと耳に着けておけよ。毎日確認するからな』
『ま、まいにち…』
***
「ねえ、あなた」
服を整えていると寝床からシルク生地の寝間着を羽織っただけのダーシャが下りてくる。庭の散策に出かけて戻って来た後、カリムの用意した香を部屋中に感じながら、一晩を過ごした。
夜明けにはまだ早い。寝ていると良い、と言っても、窓の傍にある椅子に腰かける。
「私、宝石が欲しいわ」
「宝石?」
「ええ」
ダーシャは長い前髪を掻き上げる。瞳が月の光に照らされた。女性は眼でモノを語ることが多いと聞く。
彼女にとってまだ半人前である自分にはまだ察する能力が低いようで、小首を傾げていると、ダーシャは小さく笑った。
「あの子によく似た」
俺の髪が、細く長い指先に絡められる。
「この世界で一等美しく輝く、宝石が欲しいの」
―あなたに分かるかしら?
何に美学を感じるのか、ダーシャとはその価値観がよく似ている。
互いの漆黒の艶髪が、まるで慰めるかのように互いの項を夜風が優しく撫で吹いた。
***
父は、社会勉強だと言って、俺を外部の商談に単身で乗り込ませようとすることがある。
今回もその一環だった。
急遽、父は他の商談を優先させ、バイパーの面子の為にもお前だけでも行ってこいと、世界有数の資産家のホームパーティーへの招待状を渡された。この手のことは苦手だと知っているくせに。
場所はダーシャの故郷の国だった。パーティーのことを伝えると、ついでに実家にも顔を見せようかしらなんて、ドレスアップした彼女は嬉しそうな顔を見せる。車から降りて手を添えて、エスコートしながら長い階段を昇る。
階段付近で頭を垂れて控えている護衛の中に、好んで贈った純金のピアスを光らせる男がいた。
「ねえ」
「へっ」
「…おい」
あろうことか、ダーシャはカリムの前で歩みを止める。俺も思わず制止してしまう。真剣な顔つきから驚きで、腑抜けたような顔になってしまったカリムに、ダーシャは柔らかな笑みを向けた。
「このドレス、どう?」
裾を少し持ち上げて、小さくお辞儀する仕草はまるで少女のようだった。カリムはうん、と少し考えたあとに、ダーシャと同じような微笑みを浮かべる。
「…赤がよくお似合いです、奥様」
小声で、囁くようにカリムは言う。まるで内緒話をしているテンションだ。
「でしょ!この人ったらちゃんと言ってくれないんだもの」
「こんなに似合っているのに?」
「おい……」
ダーシャとカリムの小声話は正直、和むこともある。この二人は案外相性は悪くない。気前と育ちの良さはよく似ているのだから。
「言葉にしなきゃ伝わらないことってあるのにね」
「ふふっ、そうだよな」
彼女の視線にたじろぐ俺のことが珍しいのか、カリムはまた笑う。
「…もういくぞ。カリムも、気を引き締めろよ」
「おうっ!…じゃ、なくて!はい、ジャミル様」
「いってきまーす」
「はい!いってらっしゃい、奥様!」
カリムに向かって控えめに手を振るダーシャの手を再び取り、会場内へと入る。
出身国での開催ということもあって、会場では早々にダーシャが招待客たちに囲まれた。
彼女の実家に関係する取引先の客が多い。愛想笑いの上手いダーシャがひときわ素直な笑顔を見せていたのは、嫁ぎ先の熱砂の国に来るまでに交流のあった古い友人たちだ。時折、国際電話で楽しそうに話をしていた相手なんだろう。
ダーシャがちらりと俺の方を見やる。―もっと話したい、久しぶりの再会なの、お願い。
目は口ほどに物を言う。
俺はなんとなくそれを察して、人数分のシャンパングラスを持っていくようにと、通りがかった使用人に声を掛ける。
ダーシャとその友人らは、感謝の言葉を小さく述べて女性用のゲストルームの方へと小走りでかけていく。
女性はいくつになっても少女らしさが残っているものだなと、視線で見送る。
ダーシャや女性陣がゲストルームに向かってくれたのは都合が良かった。近くには各国招待客の護衛人が多く配置されているため、このパーティー会場内では一番安全な場所になる。
他国の資産家のホームパーティーとは、よからぬことを考える輩も多いのだ。
そう、例えば。
「ミスター。よろしければどうぞ」
淵に毒を塗ったグラスを手渡してくる使用人が居たり。
「いや、結構。ありがとう」
もっと厄介なのは、数十メートル先からこちらを睨んでいる輩が居ることだ。俺のことが目当てなのはよく分かった。わかりやすい、とも言う。
輩…男は、俺にゆっくりと近づいてくる。
「バイパー殿。少しお話を伺っても?」
「ええ、もちろん」
にこりと笑ってみせる。使用人に指示を出したのもこの男だろう。
「ここは人気が多い。良ければ外ではいかがでしょうか」
「ああ、ぜひ」
バルコニーに誘い出し、髪飾りを指で撫でる。それを合図に蛇型のピアスへと探知魔法が伝わる仕組みにしてある。
もうすぐ、主人の迫りくる危機を知らされた従者がやってくるだろう。
***
「それで?私に話とは?」
問いかけると先ほどまでの紳士的な表情とは変わり、男は冷や汗を搔きながら口角を無理矢理上げる。
「こ、これでは、話ができないだろう…」
「これ、とは?」
「この、君の……護衛人のことだ!」
男が叫ぶと金色の護身用ナイフの切っ先がきらりと光った。
男の両手を真後ろで拘束し、身動きを取れないようにしたところでナイフを首元にあてがう。バルコニーに出てものの数秒で、男は瞬時に拘束された。俺の信頼する護衛人兼、従者の手によって。
真後ろで息を潜める”護衛人”になにやら不満があるのか、地に打ち上げられた魚類のように口を開き呼吸を整えようとしているのがあまりに滑稽で少し笑ってしまう。
「使用人を使って毒入りのグラスを贈る方よりマシでは」
「ッ・・・!あれは、・・・き、きみの目利きを試したまでだ」
「へえ。では私も貴殿の腕を試しても?」
俺が目配せをすると、カリムは徐々に首元へとナイフを近づけていく。大事な主に毒を盛ろうとした相手なのだ。遠隔魔法で一部始終は見ている。このまま喉を掻き切ってもおかしくないが…
「ひっ…!なにが望みなんだ、」
「望みなんて恐れ多い。ただ、私の次に妻や…一族を没落させようなどとは考えないで頂きたい。ただでさえ嫡男が私1人なのです。それが…たかが三流貴族相手に毒を盛られて逝去、なんて洒落にならないでしょう。分かって頂けますか?」
「わ、わかった、わかったから、クソ…!」
「カリム、もういいぞ」
声を掛けると、男への拘束が緩む。男は逃げるようにバルコニーから会場へ戻った。
カリムも瞬時にナイフを懐に隠し、バルコニーの縁に肘を掛けた俺を無表情で見据える。
「部屋は?」
「手配しております。奥様も、もうすぐお戻りになられるかと」
「いや…久しぶりの故郷だ。邪魔をしては悪いだろう」
俺の言葉に、カリムは目を丸くする。無表情のままなら威厳すら感じられる表情が大きく見開かれた瞳のせいで、途端に幼く見えてしまう。
「今夜は夜風が気持ち良いな、…カリム」
カリムの柔い頬を指で撫でると、俺の指に恐る恐る手を添えてくる。
困惑したような顔。拒むな、という言葉を思い出したのか、カリムはそっと瞳を閉じた。
***
「ナイフはやりすぎだな」
「…申し訳ありません」
会場近くで手配されたホテルの一室に入り、俺の上着をクローゼットに仕舞い込んだカリムに声を掛けると、バツの悪そうな顔を見せた。
今日がいくら従者兼護衛の仕事があったとしても、武器を躊躇わず客人に向けるのはやりすぎだ。死角を選んでいたことと、相手にもきな臭い噂があったおかげで大ごとにならずに済んだが何も知らない他人の目から見れば物騒なことこの上ない。
カリムは比較的朗らかな性格をしているが一族の命に関わることとなると周りの状況を冷静に見られなくなることがある。普段は番犬にもならない生まれたての仔犬も同然の顔を見せるくせに、主人に危機が迫ると瞬時に牙を剥く。警戒心の匙加減を誤るとカリム自身にも危険が及ぶ。
その細い首に掛けられた見えぬ首輪の先にある手綱を引き寄せて、宥めるのは飼い主である俺の重要な役目だ。
指先で合図をすると、カリムはベッドサイドに座る俺の目の前にやってくる。
「あっ」
足元に落ちた視線をゆっくりとあげて、目が合った瞬間に腕を引く。体勢の崩れたカリムは、あっけなくベッドに倒された。つい先程まで人の喉元に刃を当てていたようなヤツが、か細い声と潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「ん…」
顔を傾けて、迫った唇に口づけると控えめな声が漏れる。こうなったカリムは大人しい。普段なら瞳を閉じて、俺を受け入れようとするが唇を離した途端に、顔を横に背けられた。少し苛ついて、細い首筋に歯を立てる。
「やっ、… ジャミル…!」
「嫌?」
「んぅ!」
カリムの口から出てくる、欲情以外での拒否の言葉はあまり好きじゃない。思わず、嫌がる口元を手で覆う。思った以上に自分でも、カリムに拒否をされる、という状況が得意ではないらしい。口元を抑えている手首を、カリムは掴む。首筋から耳の裏にかけて舐め上げると、手から徐々に力が抜けていく。
こちらも、口元の手を徐々に外していくと水面から顔を出した時のようにぷは、っと息を吹き返す。
息が苦しかったのか何が苦しかったのか、紅い瞳には涙の膜が張っていた。
「ッ…」
ぽろりと、大粒の涙が零れる。カリムは自身の掌で目元を覆った。薄い唇は震えている。
『駄目』なことなんてない。ダーシャも俺とカリムの関係には気づいている。気づいていても、彼女は俺とカリムを見守ることを選んだ。誰に口外することもない。だからこそ、第一夫人に相応しいと思った。こんなにも、器量の良い女性はいない。
言葉にしてカリムに伝えたことはない。
「お前とダーシャは違う。ここも、香りも」
「ん…っ…!」
胸元へ手を差し入れ、指で飾りを探る。指で先端を摘まむと涙に濡れた声の中にたしかな感度があった。普段の明るさを絵にかいたような能天気な声色や表情が閉じ込められた薄い唇から吐息が漏れる度に心臓が脈打つ。
丁寧に磨かれて輝く宝石のような柔肌を辿って、この唇も細い身体の中も強引にでもこじ開けて、熱を注ぎたい。
ダーシャもカリムと等しく美しいが、それはまた違った、異性としての溌剌とした美しさだ。
抱く感情も立場も違う。カリムは第一夫人にはなれない。それはお互いが生まれた時から決まっている。
どうあがいても、表向きは主人と従者以上にはなれない。
絶対に離したくない。もっとそれ以外に名付けられる関係はないのかと、俺はNRCを卒業してからすでに考えていた。
言葉の代わりに、口づけを、好意がより分かりやすく伝わるように、抱きしめて。細い腰に手を添えているとカリムの白い睫毛が震えた。
***
今夜はオレの行為を咎める意味もあるのか、ジャミルは強引に指で奥底を探ってきた。
「あ、も、いい、から…!ジャミル…!」
「まだ駄目だ」
長い舌先で唇を舐めて、オレの下腹部を弄る動きをやめようとしない。待ちきれないそこは、ずっと熱を求めている。
バイパー家は世界有数の大富豪だ。故に次期当主であるジャミルはその命を狙われることは少なくない。世界各国の資産家が訪れる会場ではアジームを始めとした従者たちは皆神経を尖らせていた。オレもその中の一人だ。
ジャミルとダーシャが会場に入って1時間と少ししたころ、ピアスから魔力の気配がした。これはジャミルが合図をした証拠だ。草陰に隠れて、魔法石の埋め込まれたピアスに指を翳すと透視魔法が浮かび上がる。ジャミルにグラスを渡す人物。ジャミルは相手をバルコニーに誘った。外に出すということは、外にいるオレが駆けつけられるようにとの配慮だ。
主人はグラスに口を付けなかった。それがすべてを物語る。
相手の懐に毒薬以外の何かがもし、入っていたとしたら。
気付けばオレは相手を片手で拘束し、小型のナイフを突きつけていた。脅す程度でも良かったのに、もし…NRCに居たころのように、ジャミルを良く思っていない輩が居たらと思うと、気が気じゃなかった。
オレは一度、それを防げなくて、主人をオーバーブロットさせてしまったのだ。二度と顔を見たくないと、従者としての能力不足だと、バイパー側から一族ごと解雇されたっておかしくない大問題だった。
「ん、んぅ、…ん、」
なのにジャミルは、上等な装飾をオレに贈って、第一夫人もいるというのに優しくて甘い口づけをしてくれる。従者として少しでも満たされるように答えるのが役目だけど、体を重ねるたびに胸が締め付けられる。
「もう一度、言う。ナイフはやりすぎだ。すぐに熱くなるのはお前の悪い癖だ、カリム」
「あっ、やっ、あああ…っ!」
中で指がバラバラに蠢いて、自分でも驚くほどの声が上がる。軽くいってしまった。涙なのか汗なのか分からないものがシーツを濡らす。はあ、と息を整える暇もなくジャミルは耳元に唇を寄せる。
「…相手がどんな奴かも分からないんだ。返り討ちに合う可能性もある…」
「う…ううっ…ごめん、…」
目尻を熱い舌が這う。涙が止まらない。突っ走ってしまう性格なのは分かってる。ジャミルに危険が迫っているかもしれない状況で、冷静になんてなれないよ。従者としての勉強は今までしてきたけど、護衛としてはまだ技術的にも未熟だ。成績優秀なジャミルには到底かなわない。魔法薬学も飛行術も。魔力にも大きな差がある。
それでもジャミルは、オレを護衛としても傍に置こうとしてくれてる。
だから、もっと頑張らなきゃいけないのに。
「ひっ、んっ、…っ!」
下腹部に、重い熱が入り込む。何度だってこの瞬間はなれない。そういう仕組みにできてない身体はいつの間にか主人に柔く暴かれてしまった。
「魔力がもっと向上するまで…危険なことはしないって、約束しろよ。お前に武器はまだ扱えない」
「あ、あっ…ん…!」
「カリム」
「わ、わか、わかった…から…!ゆるし、てえっ・・・!」
律動がはじまって、身体も心もジャミルのペースに揺さぶられて、いつも溺れてるみたいになって。呼吸が上手くできなくなる。苦しい。でもオレはこの熱を求めていて、この熱だけで満たされてしまいたいって思ってしまうんだ。
「んむっ!」
はあ、と大きく息を吐き出すために開いた唇を塞がれて、長い舌に飲まれる。これで上も下もなにもかも全身をジャミルに覆われてしまった。
そうなると、オレはただ幸福な夢につつまれて意識を手放すだけだ。
頭の中が真っ白で、冷静でいられなくって、幸せになる。今だけはジャミルもそうだといいな、なんて、従者や護衛らしからぬ感情が沸き起こる。こんなのだめだって何度思っていても、どうしようもなくなってるどろどろのオレを、許してくれるから、目覚めてしまっても、結局はジャミルに甘えてしまっている。
事情の後はいつも気怠くなってしまって、傍で主人が自分より先に寝床から起きてることに気付いてるのになかなか同じように身を起こせない。
ジャミルは優しいから、シーツに埋もれてしまうオレの頭をふわりと撫でて先にベッドから降りる。今日もまた許されてしまった。ジャミルより、後に起きてしまっても良いって。
バスローブを手に取って、ジャミルはシャワールームの方へ歩く。長くて艶のある黒髪が揺れる。ジャミルの後ろ姿は美しくて頼もしい。当主として誰もが納得できる気品もある。
いつになったらその隣に、自信を持って並べることができるんだろうか。ベッドに横たわって、ただ背中を見るしかないオレにそんな日は来るのかな。
「ああ… 父さん」
脱衣所から声が聞こえる。旦那様と通話でもしているんだろうか。
こっそりとシーツの中で聞き耳を立てた。
「うん、大丈夫だよ。ダーシャも無事だ」
他国でジャミルの身になにかあっては危険だ。旦那様もさぞかし心配なさったことだろう。
「カリムの件だけど…」
名前を呼ばれて、ハッとして、頭まで被っていたシーツを退ける。
けど、そのあとに続いた言葉はオレの心臓を抉った。
「解雇しようと思ってるんだ」
***
異国から邸宅に戻ってきて早々、旦那様の執務室へと向かうジャミルの後ろ姿を見送って、ジャミル個人の部屋へと戻る。黒くてその足取りは重い。
受け取った荷物と上着をクローゼットに片付けて、扉を閉める。
しんと鎮まった部屋の中で、扉の音だけが響く。その音が心の奥底まで響いてきて、胸元に手を当てる。苦しいのは気のせいじゃない。
ジャミルの本当の気持ち。それがあの言葉に繋がっているのなら、それに従うしかない。
(あ、駄目だ)
目頭が熱くなって、手の甲で目尻を擦る。幼いころなら、目が傷むからとジャミルに止められていた仕草だ。
今なら、子供みたいに泣けるかもしれない。
***
「…全く、何を言い出したかと思えば…お前はいつから突拍子もないことをし出かすようになったんだ?」
「お褒め頂き光栄です」
「ジャミル」
「…分かってるよ、父さん」
俺の名を咎めるようにため息とともに吐き出すと、父は差し出した書類の右下にサインを印した。
書類は二枚。一枚はカリムを一方的に解雇する内容のもの、もう一枚は…。
「知っているのか」
もう一枚の書類に目を通し終わると、俺を見据える。意図が汲めずに黙っていると指でカリムの名が記された部分を差す。
「カリムは、知っているのか」
「…いえ。整ってから伝えようかと」
カリムを従者兼護衛から解雇して、バイパー系列の会社を継がせる。その会社には顧問としてダーシャを採用している。そのための書類を揃えて父への了承を得ることは、長年考えていたことだ。カリムを護るにはこれが最適な方法だと気付いたから。
“カリムは俺を拒めない―”解雇するという最後の命令を、あいつは拒めないはずだから。
「…お前は…。いや、お前達は、言葉が少々足りないんじゃないか?」
「え?」
父は眉を顰めて困ったように少し笑った。
こんな顔、初めてみた。思わず、気の抜けた返事をしてしまう。
「オーバーブロットしたときにもう少し学習したものだと思っていたが」
「…父さん?」
「私もアジームも、報告を受けたときは生きた心地がしなかったよ」
良い思い出とは言い難いNRC時代の話だ。
あの時、父には散々叱られて、アジーム一族揃って土下座までされた。
一時期バイパーの邸宅内には不穏な空気まで流れた。
苦労をかけてしまったという自覚はある。
「親の心、子知らずとはよく言ったものだが…。言葉で伝える努力をしなさい。―大切なものを、手放したくなければ」
サインを終えた書類を揃えて手渡される。見据えてくる父に居心地の悪さを感じて逃げるように部屋を後にした。
成人してもいくつになっても父には敵わないと感じることが多い。
すべてを見据える、正解を知っているようなあの態度には試されいるようで、自分がまだ半人前だと言われてるみたいで。
(何が大切なのか、なんてそんなの分かってる。でも俺のやり方だってあるんだ)
アジームを側近として傍に置くのはこれまでのバイパーのやり方だ。
俺はカリムのことを最初から、アジームだからという目では見ていない。
最初はただの幼馴染。いつも傍にいて…それがいつしか、恋人紛いの感情まで抱くようになった。
単なる従者や護衛じゃない。俺はカリムをありのままの姿で評価している。特に、あいつが自ら選ぶ茶葉や装飾品。その目利きはどの商人にも引けを取らない。
あの能力を更に活かせる場所として、バイパーの傘下に入る子会社を設立した。
従者や護衛の仕事だけに没頭するようなカリムを見ていると、お前の居場所は果たしてここなのかと、思ってしまう。
(…カリム)
自室までの長廊下を歩いて居ると、少し先の曲がり角で従者服に身を包んだカリムの姿が見えた。
誰かと話し込んでいるのか。俺の視線には気づいていない。
「でも、オレを見かけて声を掛けてくれたことは嬉しかったです。ありがとうございます」
カリムが頭を下げたると、相手が手を伸ばす。何のつもりなんだ。
逸る気持ちを抑えられない。思わず、歩みを進めてしまう。
「ヤーズ様」
「!」
「おや」
声に驚いたカリムが振り返る。
数週間前に装飾品関係の契約で邸宅に出入りしていた他国の王族。忘れるはずはない。ただの従者であるカリムに『もったいない』と言いのけた男だ。人気のない場所を狙ってスカウトでもするつもりだったのか。
「ヤーズ様ともあろう御方が、バイパーを介さずに従者を自国に引き抜きでもするつもりでしたか?」
だめだ、おちつけ、と内心に言い聞かせようとするが焦る気持ちを抑えられない。
「ジャミル、」
「僕はいま、君の従者に振られたところなんだよ。あまり責めないで居てくれるかな?」
「……は?」
苦笑を浮かべる男と俺との間で、カリムは困ったような視線を向けてきた。
「彼には従者だけでなく、着飾って万人に魅せる才能がある…生まれが違えば広告塔や一族の顔としても活躍できたかもしれない、という話をしていただけだ。それが我が国で活かすことができたなら、なんて、僕自身少々夢を見すぎてしまったようでね。気を悪くしたなら申し訳ない。バイパー殿とは今後とも良いお付き合いをさせてもらいたいんだ」
男は俺とカリムに向かって、少し頭を下げた。これでも他国の王族関係者…この場面を他に見られると部が悪いのは俺の方だ。
「……いえ、こちらこそ。失礼をお詫び申し上げます」
完全に罰が悪い状況だ。恥すら覚える。俺がまだ青臭い人間なんだと痛感した。父や男のように余裕のある器を未だ持てやしない…戸惑い、見上げてくるカリムの瞳を見てさらにそう感じた。
「ヤーズ様!お時間が」
慌ただしくやってきた護衛に、男は片手をあげて答えるとすれ違い様に声を潜めた。
俺はそれにそっと耳を傾ける。
「心配しなくても、彼は君の傍を離れないだろう。それを確信したよ」
護衛と共に去る男を見送って、俺はカリムに視線を戻し、その手を握って引く。
「ジャ、ジャミル?」
そのまま引っ張るように歩みを進める。行先は俺の執務部屋だ。
着いてくるしかないカリムは混乱しつつも大人しく従う。
数歩でほどなくして部屋前まで来て、扉を開いた。
いつもなら従者であるカリムが主人より先回りして開く扉だ。
部屋に入って早々に手を振りほどいて従者としての仕事を務めたいのだろうが、俺はそれを許さずに強く握り返した。
「カリム」
咎めるような声で名を呼ぶと、カリムは抵抗をやめて俯く。
「お前を解雇する。父さんに話もつけてきた」
だから、従者としての仕事をする必要はない。俯くカリムにそう続けるつもりだったーが。
「ジャミル」
珍しく凛としたような声で俺の名を呼ぶ。先ほどまでの困ったような表情は消えていて、何かの覚悟を決めたように俺を真っすぐに見つめる。こんな顔、幼少から今までで、見たことがなかった。
「オレは、バイパー家に仕えるアジームなんだ。アジームの長男としてお前に一生仕える身分は変えられないし、変えるつもりはない。オレの力が不足しているなら、なんでも言ってくれ。改善する。オレはジャミルの…従者で居たいから」
震えた手が俺の手を握り返す。
「他で働くことなんて、考えられないんだ。ヤーズ様と話していて…確信した。オレはお前の役に立ちたい。オレじゃ、頼りにならないことは分かってるんだ。でも…どんなことがあってもジャミルを護りたいんだ。オーバーブロットしたときに、後悔した…あんな想い、ジャミルや…当主様にも…二度とさせたくない。オレ、もっと頑張るから……傍に置いてくれ……」
―また、カリムは泣きそうな顔を見せる。
苦しくなる。何度もこの顔をさせてしまうから。
「だから」
「?」
瞳から涙が零れ落ちそうになる前に頬に両手を添えた。
「お前を傍に置きたいから、従者を解雇してバイパーの傘下を継がせるつもりだったんだよ」
「は…… え?」
「これだ」
目を見開くカリムから一旦離れると、執務机の引き出しから取り出したものを見せた。
解雇する旨の書かれたものと、会社設立に関する書類だ。
「お前を従者兼護衛として傍に置き続けるには危険すぎる。バイパーは今後他国の王族関係にも取引先を伸ばしていくだろうから…他国のトップが出入りするようになれば当然護衛の数も増えるし、俺に向けられる刺客なんて今までの比にならないほど増えていくだろう。その盾としてカリムを立たせるつもりはないよ」
執務用の椅子に座ると、カリムは俺から受け取った書類をまじまじと見つめた。
―もっと安全で、護られるべき立場や場所はどこか。バイパーの傘下に会社を作りそれを丸ごとアジームに提供する。アジームの嫡子であるカリムならその会社のトップに置きやすい。
「カリムには宝石や服飾の目利きの才能がある。それは、…あの男も、父さんも、俺も、感じてることだ。お前の見立てた衣装で他国に行くとすこぶる評判が良い。ダーシャも絶賛してる。…それを活かしてバイパーと同じように商家として発展させてもいい。仕事は、アジームやバイパーの敷地内でもできるようにしてある。…俺の傍から離れることはない」
「…!」
「…お前が従者を辞めたくないって気持ちは知らなかった…俺達は言葉が足りないみたいだ。父さんにも指摘されたところだ」
「ジャミル…」
カリムは書類を大事そうに胸元に抱えて、そっと近づいてきた。潤んだ瞳が俺を見つめる。
机に書類を置くと、大きく両手を広げて勢いよく抱き着いてきた。
「ジャミル~!!」
「ぐっ…!おいっ、急に抱き着くな、あぶないだろ!」
「ごめん、オレ、知らなくって、ジャミルがオレのこと、嫌いだから解雇するんだって思ってて…!」
胸元でぐずぐずと泣き出す身体を支える。俺がお前のことが嫌いなんて訳ないだろうという意味と込めて、ふわりとした頭を撫でるとカリムが顔を上げた。
「オレ、ジャミルの傍にずっといてもいいんだな…」
幼少のころ、遊び疲れて昼寝をして、思わず頭を撫でたときに見せた表情と似ている。心底安心しているように柔らかく笑う。
あ、でも。と、カリムは続ける。
「仕事を任せてくれるのは嬉しいけど…お願いだ、ジャミル。従者や護衛の仕事は続けさせてくれ。アジームの長男として…それは、やりたことだから」
滅多にないカリムからのお願い。
俺はこれに、心底弱い男だ。
「安全な場所だけに限ってなら、許可してやる。敷地内ならいいぞ」
「ええっ、敷地内だけか?それじゃ護衛の意味がー」
「お前はあくまで従者家系の出身なんだ。護衛は外部にも頼める」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ、カリム。俺はお前を護りたいんだ」
笑って見せるとカリムもまた、宝石が輝くように笑った。
「そっか。オレ達、同じ気持ちだったんだな、ジャミル…」
***
邸宅の庭は広い。
中心には大きな噴水があって、ジャミルとオレが幼いころはよく水浴びをしては服をびしょびしょにしてしまうから、大人達によく怒られていた。
一仕事を終えて、久しぶりに噴水のほうまでやってくると、今も子供達の遊びスポットには変わらないみたいだ。
「カリム!」
「おわっ!」
後ろからの突然の声に驚いて、振り返る。視線を落とすと、膝辺りに抱き着いていた子供がぱっと顔を上げる。
「いつからきてたんだ!おれ、しらなかった!」
「ははっ、悪い悪い。ついさっきだぜ!お前のとーちゃんに用事があってな~」
「とうさんに?」
「そう!仕事のことでさ。それにしてもシュリア、大きくなったな!」
「わっ!」
「弟たちの小さいころを思い出すなあ」
「カリムにはおとうとがいるのか?」
「ああ、いるぜ」
黒翡翠の目をした、男の子。前に見た時より足が長くなって、背丈が伸びてて、それに少し重い。抱き上げて目線を合わせると、シュリアはくすくすと楽しそうに笑う。この笑い方は、ダーシャに似ているなあ。
抱き上げたまま噴水の方から、庭園のある庭先まで歩いて木陰のあるベンチで小さな体を降ろした。
「シュリア、手を出してくれ」
「?」
魔法石を入れたピアスに触れて呪文を唱えると水の玉がぽつりと浮かび上がり小さな手に乗せられる。
「ん!つめたい!」
「今日は暑いからな~」
「カリム、すごい!」
「へへっ、ありがとう!そういえばかーちゃんは?元気か?」
「うん、もうすぐうまれるんじゃないかってとうさんもいってた!」
「シュリアもにーちゃんになるんだな」
「…カリムみたいになれるかなあ」
「オレ?」
首を傾げる。シュリアが目指すのはジャミルや旦那様みたいな人かと思っていた。
「うん。おれ、カリムみたいになりたいんだ!こうやって…やさしいまほうをつかえるように」
掌にある水の玉を大事そうに手で包む。
「やさしいまほう…?」
「とうさんがよくいってるんだ。カリムのまほうはやさしいって」
「えっ」
そんなの初耳だ。シュリアは水の玉を両手で交互に弄びながらなんてないことみたいに言う。
「あとなー、カリムはきれいだって、よくいって―」
「シュリア」
「ジャミル!」
「とうさんっ」
木の裏から、息を切らした様子のジャミルが現れて、シュリアを後ろから抱き上げた。
「それ以上言わなくていい。分かったな?」
「なんで?」
「ジャミル、今忙しいんじゃなかったか?」
「あー、忙しいよ。お前を見かけたから抜け出してきたんだ」
ジャミルはシュリアを抱いたままベンチに座った。
バイパー家の当主様の座につくまであと数日と迫っている。それにダーシャの第二子の出産も控えてることもあって、今日はジャミルに用があって邸宅に来たものの会えずじまいだったんだ。
ふうとため息をついて、首元のシャツを緩める。綺麗に編んである髪も魔法で解いた。長い黒髪がさらりと流れる。
気を抜きたい時かもしれないけど…
「お行儀が悪いぞ、ジャミル」
「お前とシュリアしかいないんだからいいだろ?」
「旦那様がご覧になったらなんと思われるか…」
「あの人は俺の本性に気づいてるから、見られても全く問題ないね」
べっと、舌を出して悪戯っぽく言う。シュリアが産まれて数年、ジャミルもオレもそれなりに歳を取ってきたけれど、こうして昔と変わらない表情を見せることがある。その顔が見られる瞬間が、好きだ。
仕事をしている時のジャミルはいつも気を張っているから。もっと気楽に生きればいいのにって、思っていたから。
こういう顔がたくさん見たいって思うんだ。
「とうさん、わるいかお~」
「む…悪いって、どういう意味だ?全く…シュリア。父さんはカリムと仕事の話がある。皆で遊んできなさい」
「はあ~い。またね、カリム!」
「おう!」
ジャミルの膝からぴょんと飛び降りるとシュリアは庭園の方へと楽しそうに走り去っていった。その先には従者家系の子供達が居る。今日も邸宅は幸せで溢れている。
「カリム」
手で隣に座れと、促されて大人しく座る。ひとつ大きなあくびをすると、ジャミルはオレの肩に頭を寄せた。
「珍しいな。疲れてるのか?」
ジャミルがまるで羽根を休める鳥みたいだから、ひっそりと声を潜めて聞いてみる。
「…お前の顔を見たら……安心して……」
「ん……」
ジャミルが顔を傾けて、唇が合わさる。ジャミルの体温を感じる。
数秒してから離れると、名残惜しかった。
「少しの間で良い…5分経ったら、起こしてくれ…」
「……了解しました、ジャミル様」
そっと身体を寄せる。
オレはジャミルの傍に居ることを、許された。
だからオレは、どんなことがあってもジャミルを護りたい。
「ジャミル」
何度だってその名を呼び続ける。
―ジャミルはこの先ずっと、傍で答えて居てくれるから。
***
et cetera
『一等輝く宝石がほしいの』
『……カリムのことか?それは、できないぞ』
『あら。あなたにとってはカリムなのかしら?』
『……ダーシャ』
『揶揄ってるわけじゃないのよ。私とあなたにとっての宝石よ』
『…いずれ、そのつもりだったよ』
『あなたがカリムを特別傍に置いているのは知っているわ。それ以上も以下もないってことも』
『……』
『宝石はいくらあってもいいの。輝いて、私たちを幸せにしてくれる。カリムも私にとってな大切な宝石』
『…君は、綺麗なものが好きなんだな』
『あなたもでしょう?』
『綺麗なものが嫌いな人間なんていない』
『ふふ。そうね』
『それでね、宝石の名前はもう決めてあるの。名前は―』
Timeless(後編)
***
Jーside
***
卒業式典まであと1か月も切ったころの話だ。
『明日、実家に戻ることになったんだ』
こいつに振り回されることなんて慣れている。突拍子もないことを言われようとも、対応できるだけの能力が自分にはあると思っていた。
『連絡が来たんだ。…とーちゃんの体調が優れないって』
『俺は聞いてない』
『だから、オレだけ先に帰るんだ』
『は?』
あれだけ、学友たちと共に卒業することを喜んでいたはずなのに。採寸された式典服を嬉しそうに着ていたのは誰だ。主人であるこいつが先にアジーム家に戻ることもあり得ないのに。
『…父さんからも連絡は来ていない。…お前、何か隠してないか?』
『ジャミル…悪い、今は…バイパーもお前にも、他の従者たちにも言えないことなんだ』
生まれてからずっと従者として生きて、アジームに関することにも俺が知らないことがひとつでもあるかもしれないってだけで焦りと苛立ちを覚えた。
『……関係ないってことか?』
『違う、巻き込みたくないんだ』
次期当主であるこいつがNRC在学中に、現当主様が病に伏せてから不穏な空気が漂い始めていたのは感じていた。暗殺を企てるような輩に狙われる一族のことだ。きな臭い噂は尽きない。
『卒業式典はどうするつもりだ』
『残念だけど…オレは出ないよ。だから明日の朝に、無理を言って学園長室で証書だけ貰うことにした。それと、ジャミル…』
『お前はもう、自由だ』
俺は憤りを隠せずに、顔を伏せるあいつの胸倉を思わず掴んだ。
『ジャミル…』
『今、俺が、ここで…』
ユニーク魔法でも使えば、これじゃいつかのホリデーと同じだ。
この真っすぐな紅い瞳が心底嫌いで、忘れてしまいたくなった。
***
幽霊生徒と噂されるカリム・アルアジームに出会ってからよく見る夢がある。名前も顔も鮮明ではないけれど、傍にいないと落ち着かない、存在。危なっかしくて、ほっておけなくて、目を離すとすぐにでも死んでしまっていただろうとまで思わせるようなその相手は、いつも俺を翻弄する。所詮は夢の中の話なのに。
窓から見える今日の曇り空のように、ここ最近、胸の内も晴れない。
「バイパーくん」
向かいに座る女生徒にはっと向き直す。ここは学園近くの喫茶店だ。
「私、バイパーくんのことが好きなの」
目の前にあるアイスティーの入ったグラスの中で氷がひとつ、音を立てて溶けた。頬を赤らめた女子生徒と目が合う。
同学年である彼女には、部活動のマネージャーとして世話にはなっていた。今回も、来る練習試合の打ち合わせがしたいからと、学園近くの喫茶店に来ていた。
なかなか話が始まらないなと思っていたら、結局言いたかったのは部活の話でもなんでもなかったわけだ。
「君のこと、正直よく知らないし…」
「これから知ってくれればいいの」
「……」
少々強引に身を乗り出して、上目遣いで見つめて来られる。その目と無意識に何かと比べて、違う、と思ってしまった。
「悪いけど、今日は打ち合わせに来たつもりなんだ。それに君と付き合う気はないから、知る必要もない」
「ッ……!」
がたんっと席から立ち上がり、女子生徒は鞄を両手に抱えてあっという間に店の出口へ向かった。途中、店員とぶつかったようだがお構いなしだ。
女子生徒が注文したアイスティーは一度も口を付けられてない。かと言って自分が飲み干す義理もないだろうと、自分が注文したアイスコーヒーだけを飲む。
外を見ると小雨が降り始めていた。喫茶店で時間を潰すにはちょうど良い。
鞄から生徒会長候補用の演説資料を取り出す。こっちだって暇じゃない。やっぱり今は誰と付き合うとか、そういうのは煩わしく思えてしまう。
「おまたせしました~」
「え?」
女子生徒とぶつかったはずの店員がテーブルにやってきた。何かを注文した覚えはない。
「違いますよ」
背の高い店員を見上げて言うと、店員はにやりと口角を上げる。
「こちら、カップルでご来店の方へのサービスになりま~すって、女の子帰っちゃったけど」
腑抜けた口調で、コースターを敷き、グラスを置く。ハートの形に曲がったストローが差されて、げっ、と顔を顰めてしまった。
年若い男女がそこに居るだけで、カップル扱いだ。
「必要ないんで、下げてください」
「ま~、そう言わずに?これにはタネも仕掛けもあるんで~す」
「はあ?」
なんなんだ、と思っていると、店員はストローで中を徐にかき混ぜる。すると、無色の炭酸水から色が徐々に赤く染まっていった。
混ぜ終わると、最後には完全に赤一色になった。
「当店自慢の、ざくろジュースでぇす」
さっきからのらりくらりと喋るこの店員。どこかで見かけた顔に似ている。ただでさえ、思い出さなきゃいけないことがあるっていうのに、こいつのことまで思い出さないといけない何かでもあるんだろうか。
「頼んでない、下げてくれ」
「ふぅん。
ウミヘビくん、つまんねえ」
知ったような声で呟かれた店員の言葉に苛立つ。
「なんなんだ、アンタ」
「美味しいのに、ざくろ」
店員は目尻を下げて、にこにこと笑ってみせた。
「これが欲しいって、顔してるくせに」
炭酸の泡が、グラスの中で弾ける。
喉が渇いて仕方がない。サービスというジュースには手をつけずに、アイスコーヒーを飲み干した。
ウツボの双子の片割れがおおっ、と声を上げる。
「俺が欲しいものは、こんなものじゃない」
口元を拭って、勢いよく席を立つとテーブルに代金を置いてすぐに店を出た。
***
あの色はよく知っている。毎日ターバンを巻いて、宝石の乗った装飾をつけてやって、最後の仕上げにアイラインを引く。
ぱちりと目を開くと、そこには高貴な色と光が宿る。その瞬間が何よりも好きだった。
卒業式典当日まで、式典服の採寸をして取り寄せたメイク道具でアジームの名に恥じないようと、どう仕上げるか考えていた。
そんな時間が悪くないと今なら思えるほどだったのに。
ある朝に、学友誰一人にも告げずにあいつは学園から姿を消した。
『クソッ…!』
見張っているつもりが、昨晩に飲んだハーブティーに睡眠系の魔法薬を仕込まれていたらしい。気づけば部屋はもぬけの殻だった。
魔法薬学の課題が分からないといつも泣きついてきていたくせに、あいつが調合できる魔法薬の種類は各段に増えていた。
『一体何が起きてるんだ、父さん』
『私もよく分かっていないんだ。アジーム邸には従者家系も使用人も、血族者以外は立ち入れないようになっている。…私たちも今は家に帰って来ているんだ』
在学中に旦那様が激務による過労で床に臥せていた知らせは受けていた。連絡を受けたその日のうちにあいつと共に一時期的に熱砂の国に帰り、この目で旦那様の姿も確認した。随分と痩せこけていて、息をするのも難しそうだった。
それから回復したと聞いたはずだが、やはり無理が祟ったのかもしれない。
誰よりもあいつの成長を楽しみしている御人が、名門校の卒業式典を目前にした愛息子に対して帰省を急かせるなんて考えにくい。
―だったらあいつの独断か。
卒業式典が終わって、式典服のまま真っ先に鏡へ飛び込む。
本来ならば、学友たちと最後の別れを名残惜しむぐらいの時間が欲しかった。でも今は着替える時間すらいらないと思えるほど、早く、早くと、鏡を潜って熱砂に降り立つ。
アジーム邸に着いたころには夜も更けていた。実家に寄らずに、ここに真っ先に来るなんて何をしているんだろうと自分でも思う。
大きな門構えが見える入口に行くと、警備や護衛人の姿は見えない。入り口の噴水もライトアップされて観光名所になるほどだったのに、しんと静まり返っている。異様な光景だ。
立ち入れないようになっていると言っても、人気がないせいか、正門まではあっさりと侵入できた。
ーどういうことだ?誰もいないのか?
さすがに鍵を開けていることはない。万全のセキュリティで守られているはずだ。ならばどこから侵入すべきか。
旦那様がいる離れの棟はバルコニーを開放している。そこからなら侵入できる可能はある。
マジカルペンを翳し、少し念じると箒が出現した。即座に跨り、一時的に空中に浮かべる魔法を施した。
空から見るアジーム邸は、どの棟の窓からも、光が見えない。使用人の誰もいないじゃないかと思うほど、暗闇に包まれて見えた。
なんとか目を凝らし、離れのバルコニーを見つけて降り立つと、すぐさま箒を消滅させて魔法の気配ごと消す。
今下手に見つかってしまっては厄介かもしれない。
息を潜めて真っ暗な部屋の中へと入る。元々窓はないため、セーフティーになるような魔法が施されているはずが足を踏み入れてもなんの音沙汰もなかった。念のために身も屈めて進んであいつの自室の方向へと向かう。
大理石の廊下に出ると、数メートル間隔で照明は仄かに灯っていた。
『誰かいないのか?!』
思い切って叫んでみるが、反応は見えない。辺りを見回すと、中庭を挟んで向こうの側の棟のバルコニーに人影が見えた。
棟は渡り廊下で繋がっている。全速力で走っていくと、人影が鮮明に見えてきた。
『ジャミル…!?あっ…』
『!』
右腕を庇うように歩いて居たあいつが躓きそうになり、咄嗟に手で支える。掌に、ぬるりとした何かが触れる。
白い反物から赤い血が滲み出ていることに気付いた。
『誰にやられた』
『ッ…これは…』
殺気立つ声を抑えきれずに、歩くのもままならない様子の身体を抱き留める。
『ジャミル、なんで…バイパーも全員解雇したはず…』
『…そんなことは聞いてない。何があった』
『……だめだ。今すぐここから出たほうが良い…アジームはもう、駄目なんだ』
ジャミル、と縋るように見上げてくるガーネットの瞳。
『とーちゃん、しんじゃったんだ。…随分前に…。だから、オレがすぐに当主にならなきゃいけなくて、卒業式典の前に学園を出ることになって…』
ぽろぽろと涙を溢しながら、俺の袖を震える手で掴む。
『…旦那様は、本当に過労が原因だったのか?』
『それも、理由のひとつなんだけど…とーちゃんに…長年仕えてた護衛人が…いただろ』
『ああ。従者家系から成り上がった人だろ。武闘にも精通してる』
『その人が、とーちゃんに毒を盛ってたんだ。…ずっと…何年も』
『は…?』
『それが身体の中で蓄積されて、とーちゃんは倒れたんだ。…それでさ、遺言があって…もし、当主を交代する時には一度、従者家系も使用人も全員を解雇しろって。それは、皆を…護るためにも必要だって』
旦那様はこいつに似て、人を疑うことをしたくないタイプの御人だ。特に身内相手には甘いところもある。一度懐に入れた人間は、アジームの中で一生護られ、生きていく。そんな旦那様を慕う人間は多い。
もし、護衛人が刺客まがいのことをしていたとしたら、相当なショックを受けただろう。次期当主であるこいつの今後のことも考えて、一度、主従関係をリセットすることを望んだ。そうすれば誰も疑わなくて済むから?
『でも、さ、中には、納得がいかないって、思ってる、奴らが…いて』
『…無理して話さなくてもいい。回復魔法をかけるから…』
『うん、ごめん、ごめんな…』
式典服の袖を破り、腹部に宛がう。止血をしてから回復魔法を施した。単なる一時的な効果しかない。
医療機器の揃う邸宅内の医務室に向かう必要があった。
細い腕を肩に掛けさせて立ち上がると、ずるずると、歩き始める。
アジームがタダで使用人を解雇するなんて考えにくい。一生暮らせるほどの額をそれぞれの家系に渡しているはずだが、金に目が眩む奴らはどこにでも潜んでいる。そんなものじゃ足りない、と。
『オレが当主になると、困る、奴らが…』
『…兄弟の親戚筋か?』
『それだけじゃ、ないと思うぜ…とーちゃんのやり方が気に入らないって思われても、おかしく、ない…。オレ、いろいろ考えていたんだ。一度解雇した従者家系や使用人たちをどうやったら呼び戻せるか。どうすれば、きょうだいを護れるか…でも、そんなに…考える時間がなくって…』
邸宅のこの静けさはこいつが、意図的にやっていたことだ。兄弟やそれに近しい家系を真っ先に邸宅から遠ざけ、旦那様の執務室で次期当主として考えを練るために。
そんな絶好の機会、刺客まがいのことを仕出かす人間が逃すはずはないのに。こいつはだれにも頼らずにそれらに立ち向かおうとしていた。
一番近くにいたはずの俺にさえ、頼ることをせずに。
『旦那様もお前も、俺を信用していないことは分かってる…だから1人で考えようとしたんだろ』
『あのことは、とーちゃんだって咎めようとしなかった。どうしてか、分かるだろ、』
『アジームで、ジャミルの世話になってない奴なんていないんだよ』
幼少期に、学校で流行っていたファーストフードがあった。しっとりと濡れたパンズが美味くて、自分でも作れるんじゃないかと、厨房に立った。
試しに作っているとその匂いに誘われて従者仲間や幼き日のこいつがやってきて、口々に美味い美味いと、すべて平らげたことがあった。
それがいつしか旦那様や奥様の耳にも入り、庶民向けの料理を振舞うことになった。
『あら、美味しい』
『美味いな!これが下町で流行っているのかい?』
『ジャミルはなんでもできてすごいな!』
『いえいえ、滅相もございません…』
あの時の父さんの顔は少し引きつっていて、それが少し面白くて、妹と二人で笑ってしまった。
『とーちゃんは、ジャミルのこと大事に想ってくれてる。お前は、違うって言うだろうけど、…ジャミルはオレの…大切な友達、だから…』
大粒の涙の雫がぼとりと落ちる。
それがこの世で一番綺麗で嫌いだと思う程度には、俺も冷静を保てずにいた。
『……カ、』
抱え直して、こいつを医務室に運んで、手当して、もう一度、一緒に生きてみても悪くないと覚悟を決めた矢先だった。
『さようなら、次期当主殿』
執拗に狙っていた刺客は、解雇された元従者家系の人間だった。
その気配に気付けず、回復魔法を施したばかりの腹部が勢いよくナイフで貫かれる。
『……あ……』
口唇から血が溢れ出た。白い反物はいよいよ真っ赤に染まってしまった。
『―――――!』
この瞬間愛おしいとさえ思っていた名前を大声で叫んだ。そのあとのことはあまりよく覚えてない。
***
「私はサスティナブル月間の提案をしようと思ってます。昨今、環境問題は深刻化しています。我が学園も今後の社会を担う人間の1人として生徒の自覚と自主性を示すために、例えば不要になった衣類の切れ端を利用して来る文化祭や学園行事の出し物の材料として再利用をしたりなど、再利用や加工に関して地元企業の応援が必要な場合は生徒会が積極的に主導し、生徒、教師、企業の橋渡しを担い、生徒全員が環境問題に取り組めるような体制作りを強化していきたいです。これで、私の演説は以上になります」
用意してあった原稿を読み切り、軽く礼をすると拍手が聞こえる。
ここ数週間、次期生徒会長選挙に向けて準備をしていた。テストや部活の練習試合と重なり忙しない日々に加えて、見たくもないような夢を見ていたせいで、瞼は重い。
それでも、ライトアップされた舞台の上で全校生徒の顔が見える。そこで無意識に誰かを探すように見回す。
パチパチと皆が手を合わせている中で、ひときわ目立つのは白銀の毛髪に、大きな紅い瞳…小柄なくせによく目立つ。
「ッ……」
目が合あった気がする。微笑まれたような気がする。
ふいに視線を外し、舞台袖へと戻った。
教師には期待されていると言われた。部活での活動も評価されいてる。もう直に部長にもなれるだろうと。クラスメイトとの関係も良好。順風満帆な学園生活だ。
実力を誰にも邪魔されることなく発揮できるし、家族にだって誇らしく思われている。
何も不自由がないはずなのに、心の中はすっきりとしない。まだ見ぬ光を求めているようで、釈然としない。
喉がカラカラだ。唇も乾燥している。
袖に用意してあったペットボトルの水を飲み干す。冷水が体を潤す。人間にとって水は必要だ。それがなければ生きていけない。
そんな存在が、かつて俺にもあった。
「…あ…?」
目尻から、熱いものが零れた。指で触ると冷水とは真逆に火照った頬を涙が伝い落ちる。いくら疲れているからと言って、こんなに柔な体になったつもりはない。
「うそ、だろ…」
とめどなく涙が溢れてくる。
あの時も、確かにこのくらいの、涙を流しながら誰かの名を呼んでいた。
「カリム……」
ふいをついて出た言葉は、水飲み場で出会ったあいつの名前だ。
もやもやとした気持ちが収まらず、原稿を乱雑に丸めて、ポケットに乱暴に突っ込んだ。
***
K-side
***
『ジャミル・バイパー』
候補者の名前の欄に、大きな丸印を書いて投票箱へと入れる。
ジャミルは学園内の人気者だ。きっと大勢がジャミルに投票して、次期生徒会長となるだろう。
本当は傍で親友として応援できればよかったけど、そうなるとオレはジャミルにとって邪魔にしかならない。
前世で散々、痛感したことだ。
どこまで行っても主従関係しか築けなかったオレは、それにふさわしい結末を迎えた。
ジャミルやアジーム、バイパー家のその後はアズール達に教えられた。
アジームはすぐ下の弟が継ぐこととなり、きょうだいたちの大勢の子孫が後世に残った。皆でアジームを再建し、バイパー含む従者家系も全員が出戻った。その後は主に熱砂の観光事業を担うこととなり、前世のアジーム家は立派な観光名所となっていったらしい。
再びアジームに生まれ変わった時に、とーちゃんにも、涙ながらに前世のことを伝えられた。
オレは前世の人生を後悔していない。いつかはなくなる命だと知って、日々を生きて来た。
でもオレにアジームをまとめるだけの力がなく、とーちゃんが築き上げた歴史を引き継ぐことはできなかった。
ジャミルには迷惑をたくさんかけたであろうということは想像できる。だからこそ、もしジャミルと出会う日が来るなら次こそはジャミルに迷惑をかけないように、オレなんて、最初からジャミルの傍にはいなかったように生きていきたいと思った。
NRCにいた頃みたいにジャミルがオレに遠慮して我慢するようなことがあってはならない。
地面にぽたりと落ちる血と汗を見る。前世の記憶とよく似ている。でも致命傷じゃないし、死ぬほどのことでもない。
「あー ほんとムカつくわ、お前」
生徒会長候補演説が終わって、下校する時間だった。
寄り道するところなんてないオレは、一直線に帰るつもりだったのに裏庭で足を止められた。
顔はやめてくれって何度言っても、相手は聞きやしない。頬を思い切り殴られた。今日も幽霊生徒のオレは目の前にいる数人の生徒たちの反感を買っていたらしい。胸倉を掴まれて、地面に突き飛ばされる。ここが裏庭でよかった。この間の、コンクリートの地面はさすがに痛かったな。
「いいよなあ、坊ちゃんは。その日の気分で登校かよ」
「しかもお付連れでな」
「テストも免除だろ?」
自慢できるほど成績はよくないし、アズールに教えてもらってやっと平均点に届くくらいだ。テストは個別で受けているし、オレが登校を渋る理由はとーちゃんもジェイドもよく分かっている。それを言ったところで、暴力が収まるわけでもない。
好き勝手言い放って、満足したのか踵を返す背中を見てオレはのろのろと立ち上がる。
「なあ、お前達」
ぴくりと、反応した背中が歩を止める。
「オレ、学校を退学しようと思ってるんだ。だから、もう、安心してくれ」
ジャミルにも、お前達の目にも触れないように生きていくにはどうすればいいのかずっと考えていた。とーちゃんにはまだ言えてないけど、退学したら実家に戻って新しい学校を探すつもりだ。
殴られたり嫌われることには慣れている。ただ、オレの傷ついた頬を苦々しい顔で見つめるジェイドや、仕事でもないのに学園の様子を逐一報告していくれるアズール、いつも心配してくれているとーちゃんに、これ以上オレにとっての家族たちに迷惑をかけたくない。
この世界は魔法も何も使えない。傷口も簡単には治せないんだ。
ガタイの良い1人の生徒が、大股でオレの方へと近づく。また殴られるなあ、と目を瞑って歯を食いしばる。
振り上げられた拳が頬に再び落ちてきそうな時、後ろにあるフェンスが大きな音を立てた。
「なんだ!?」
生徒たちがざわつく。ゆっくり目を開けると、バスケットボールを片手に持った人物にぎょっとする。
「悪い。手が滑ったみたいだ」
さっきの派手な音の正体は、フェンスに向かって飛んできたボールだ。横目でちらりと見るとフェンスは少し凹んでいる。
制服姿のジャミルは、ボールを一度バウンドさせる。その表情にぞくりとしてオレは慌てて口を開く。
「ジャミル、大丈夫だから!あの、オレ、何もされてな、」
「今なら」
数人の生徒を、切れ長のチャコールグレーの瞳がじろりと睨む。
「俺の権限で、教師にも黙っててやれる。…どういう意味か分かったなら、これ以上こいつに近づくな」
「…チッ」
さすがの生徒達も、ジャミルの顔はよく知っているようで、数人が後退るとオレを殴りそうになっていた生徒も舌打ちをして離れて行った。
「―いい気になるなよ」
すれ違い様、ジャミルの耳元で呟いて去っていく生徒たちの背中をじっと睨んだあと、ジャミルはそのままの表情でオレを射抜くように見た。
「ジャミル……ッ」
「来い」
ぐいっと、片腕を引っ張られる。もう二度と離してくれないのかと思うほど、強い力で握られている。
裏庭を抜けて体育館へと入る。部活中なのかと思っていたら、生徒は誰一人いなかった。前世のころとは違う、黒髪を短く切り揃えた頭を後ろから少し見上げる。身長はあの頃と変わらない。ジャミルが前を歩く時は、オレは後ろから少しだけ見上げることが多かった。
広い体育館の奥にある部屋のドアノブに手をかける。扉には更衣室のプレートが貼り付けてあった。
ジャミルはオレの手を一度放すと、部屋の一番奥にあるロッカーを開けてバスケットボールを入れて、引き換えに真新しいタオルと学園のエンブレムのついたリュックを取り出した。
更衣室の中にある洗面所でタオルを水で濡らして、ジャミルはオレの腫れあがった頬にそっと当てる。
「いっ…!」
「これ。自分で当ててろ」
「う、うん…」
冷たいタオルが、傷口に染みる。ジャミルは真剣な顔つきでオレを見つめたあとリュックの中を探る。小ぶりのポーチから取り出した絆創膏を手に、再びオレに近づく。
「良いって、ジャミル!オレは大丈夫だから!」
ぶんぶんと頭を振るとジャミルは怪訝そうな顔をする。絆創膏を貼られてしまうとさすがにジェイドに言い訳ができなくなる。
後退っていると、ジャミルの長い腕が伸びて来て、ちょうど後ろの壁に勢いよく片手を付かれた。びっくりして見上げると、じろりと綺麗な瞳が睨みつけてきた。
「ッ…」
傷ついた口唇に手際よく絆創膏を貼られる。頬に触れるジャミルの指先は優しい。
―前世の遠い記憶、幼かったころも…転んで膝を擦りむいたときも、ジャミルは手当をしてくれていた。それを思い出してしまって、胸の奥底からどうしようもない切ない気持ちが込み上げてきた。
今世のジャミルに記憶はない。幼かった時のころなんてもっての他だろう。オレだけが前世の記憶を引きずり、今に生まれ変わってしまった。
神様は少し意地悪だ。オレだけが記憶を宿して、一番に大切に想ってる人の記憶からはオレのことを消し去ってしまった。
それだけならよかった。ただし巡り会ってしまってはもうだめだ。
入学式で初めてジャミルを目にしたその日の夜には泣いてしまっていた。だってこんなの、意地悪だ。
何も知らずに今世を生きていければよかったのに。
「…泣くほど、痛いのか」
「う……」
気付けば、ジャミルはオレの涙を拭っていた。ぽろぽろと零れてしまう涙はどうしたって止めることができない。
前世のオレはとても元気だったと思う。底抜けに明るくて、おおざっぱで。でも今のオレはなるべく目立たないように、静かに日々を過ごすことを意識していたせいか、自然と物静かな性格になっていた。今のジャミルは、そんなオレになっても世話を焼いてくれる。きっと誰にでも優しいんだ。相手がオレじゃなくても…
涙を拭おうとポケットからハンカチを出そうとすると、ちょうどスマートフォンに着信が入った。相手はジェイドだ。
「…もしもし…」
『カリムさん。今、正門前に着いています。もしお取込み中でしたら、お迎えに参りますが…』
「……あ、わ、悪い!大丈夫だ!すぐ行く!」
『はい。では、お待ちしてますね』
時計表示を見ると、いつもジェイドが迎えに来てくれる時間だった。通話終了ボタンを押してポケットに戻していると視線を感じた。
再び向き合うと、ジャミルは怪訝そうな顔をしていた。
「今の、誰だ?」
低い声が更衣室に響く。
「誰って…あ…ジェイドって言って…オレの世話係をやってくれてるんだけど…」
「は?ジェイド?…お前、アイツらとも…付き合いがあるってわけか…」
「へっ?ジャミル?」
「そういえば隣のクラスの担任も名前がアズールだったな」
「あ、ああ。アズールはオレの家庭教師やってくれていて…」
「あの喫茶店の店員は…フロイドか」
「…ジェイドの弟のこと…か?フロイドも、良い奴なんだ。たまにうちで飯を作ってくれて」
「へえ…そうか。くくっ・・・・俺の飯より美味いか?」
「えっ?」
「おかげで思い出したよ、カリム」
ジャミルはにこりと綺麗な笑みを見せた。ただし、目の奥底が笑っているとは思えない表情で。
***
J-side
***
「…おや。カリムさん。そちらの方は?」
「ジェイド…その…」
「知ってるくせに、よく言えるな」
「ふふふ」
学園の正門前に高級外車を側につけて、行儀よく佇んでいるのはクラスの女子たちが黄色い声を上げていた人物だった。
そいつは俺とカリムを見て、苦笑しながらカリムの学生鞄を自然に持ち運ぶ。
よかったらジャミルさんも、と俺が肩に掛けている大ぶりの学生鞄も預かろうと手を差出されたが、距離を取って拒絶した。
「嫌われちゃいましたね」
「そ、そんなことないぜ、ジェイド!」
「お前、ずいぶんと甘やかされているようだな」
「うっ…」
本来なら、ジェイドのポジションに俺がついていたはずだ。今の俺は、運転免許が取れる歳でもないし、カリムに勉強を教えられる職業についているわけでもなく、店を経営するほどの料理人でもない。
それが、とんでもなく悔しいことだとは思いもしなかった。
「そういえばジャミルさん。言い忘れていましたが、今日は先客がいまして」
「は?」
ジェイドのエスコートによって開けられた後部座席には、もう1人のよく知る人物がすでに奥に座っていた。
「おや」
「……」
隣のクラスの担任教師兼、カリムの家庭教師のアズールだ。
「アズール!今日は勉強の日だったか?」
「カリムさん、昨日もお伝えしましたよ?明日は僕、用事があるので明日の予習分を今日に回すと」
「すまん、忘れてた!」
「全く…ああ、こちら座ります?ジャミル・バイパーくん」
「……白々しい……」
吐き気がしそうなほど、白々しい呼び名で弄り甲斐がある玩具でも見つけたような顔で、アズールはにやりと笑う。
俺のげんなりした顔に気付いたカリムは俺とアズールの仲を取り持つように間に入ってちょこんと座った。
「いつからだ」
「いつから、とは?」
「お前がアジームに雇われてから」
「僕の両親がカリムさんのお父様にお世話になっていまして…まあ、出資関係なんですけど、元々家族ぐるみで交流させて頂いておりました。お父様、カリムさんが体が弱くてあまり学校へ通えていないことを大変気にされていまして、当時教育学部の学生をしていた僕にアルバイトと称しての家庭教師をしてやってくれないかと申し出があったんですよ。前世のお友達だということで、当時小学生だったカリムさんも安心だろうとお父様から直々に契約書をくださいました」
「……」
「ジェイドとフロイドも同じ大学に通っていたんですよ。ジェイドは今カリムさんの執事として雇われています。最初は僕と同じで割の良いアルバイト感覚だったんですけどね。フロイドは…あいつは自由人ですから、気まぐれに、学校近くの喫茶店を経営していますよ」
「あ、ジェイドはな、普段とーちゃんの秘書もしてくれてるんだ」
「……」
ミラー越しにジェイドと目が合い、にこりと微笑まれる。車は静かに動いていた。
俺がいなくてもカリムは生活ができる。
それに今世に至っては、毒を盛られることも刺客に襲われたり誘拐されたり、物騒なことは早々起きない。・・・はずなのに、学園内で目に付けられる羽目になっているのは、カリム自身が気にくわないと思っている輩が多少いるからだ。
前世の俺も、一度はその思想に支配されて裏切ったことがある。なぜ俺ばかりが譲って我慢して生きていかなければならないんだと、不満が募った。カリムを殴った連中も、それに似た感情があったのか。
普段学園に来ないくせに、単位は修得し、もしかしたらテストも免除されているかもしれない。それが資産家の息子となれば、教師陣だってぺこぺこと頭を下げるだろう。進学校の中にも劣等生の部類に入る人間だっている。その劣等生たちがどんなに努力をしたって、教師陣がカリムを贔屓しているような錯覚を覚えてしまっては、嫉妬や怒りの矛先はやはりカリム本人に向かってしまう。
カリムが、どんな人間か、どんな生き方をしているのか、知ろうともせずに―。
「ジャミル…?」
「……」
「…オレ、また何かやっちまってたか…?」
不安の表情をにじませたカリムが見上げてくる。俺だけが映るガーネットレッドの瞳が艶やかに光って見えた。また、泣きそうな顔をしている。最後の記憶にある表情を同じだ。傷ついて、苦しそうで、カリムはそんな顔で俺を見てくる。
NRCに居たころはもっと朗らかで能天気な顔ばかりしていたと言うのに。
けれど、そんな顔をさせているのが俺自身だと思うと、ほんの少し優越感に浸れる実感もあった。
これは前世からずっと引きずっている些細な独占欲の結果だ。
カリムの頬に手を当てて、べっ、と舌を出して見せる。
「そうだ。お前の全てが気にくわない」
***
たどり着いたカリムの家は、高層マンションの最上階。カードキーを翳すだけで開く玄関から廊下を渡り、リビングに入った。
高校生が1人住むには広すぎる。
オープンキッチンの傍には質の良いダイニングテーブルとチェア。正直、俺の実家にあるものより広々と使えそうな代物だ。
カリムの通学鞄をラックに掛けて、ジェイドはキッチンに向かった。
冷蔵庫から取り出して並べられていく食材をカウンター側から眺めながら、カリムは俺の方へと振り向いた。
「夜ご飯は皆で食べようぜ!ジェイドの作る飯は美味いんだ!」
宴しようぜ、なんて乗りで、カリムはにこりと笑う。
それよりも聞き捨てならない。誰の飯が美味いって?
「ああ。けど、俺も作る。キッチン借りるぞ」
「えっ!?」
「おやおや」
別に対抗心が芽生えているわけじゃないが、ジェイドはにやにやと笑う。
並べられた食材は魚介に、きのこ類(なぜか種類が多い)、少量の野菜に、市販の固形調味料。料理名の予測は十分につく。
カリムが前世で唯一苦手と言った、俺の好物だ。
どうやら今世のカリムは特に苦手というわけでもないのだろう。だったら、更に、特別に美味しいって思わせるほどのモノを作ってやる。上段にある調味料の棚には様々なスパイスが並べられている、その中からカリムが好きそうだって思えるモノは直感で分かる。
数種類の小瓶を開けて匂いを嗅ぐ。カリムが気に入りそうなものをいくつか卸して、混ぜ合わせる。
隣で具材の下ごしらえをしていたジェイドの手を止め、自ら包丁を握る。何か言いたげな視線を感じたが、そんなことどうだって良い。俺が今ここに来たからにはお前にはきっと、カリムを心の底から満足させる料理なんてできやしない。
大ぶりの鍋に自分で切った具材と調味料を入れて火加減を見ながら中をかき混ぜる。魔法薬学の授業で習ったみたいに、ゆっくりと丁寧に。
「僕の仕事はここまでみたいです」
「ジェイド。お前、姑に追い出されたみたいですね」
「そうなんです。しくしく」
「ジェイド、泣かないでくれ!」
「……」
とんだ茶番を目にしても静かに鍋をかき混ぜることのできる冷静さを俺は持ち合わせている。
こいつら、毎回こんな茶番やってんのか、とか、いろいろと言いたいことはあるけど。
ふつふつと煮込まれた中身を確認して、一旦火を止める。できあがったそれを白米の載った皿に盛りつけて順番にカウンターに出すと、目に見えてきらきら、にこにことした表情でカリムはせっせと皿をテーブルに運んでいく。
そういえば、宴の最中に俺の料理を運ぶ時のカリムは心底楽しそうだった。それは今でも変わらないのだろう。
「いただきます!」
両手を添えて、カリムは行儀よくスプーンを握る。
カレーを掬って、一口食べる。喉を通って、一口だけ終えると、カリムはまた瞳からぽろりと涙を溢した。
「本当、よく泣くな」
呆れて、涙を拭ってやるとごめんな、と小さい声が聞こえた。こんな時、しおらしくなるのはカリムの良いところだ。
「美味くて、びっくりしたんだ。オレの好きな味だ。…これなら、腹いっぱい食べられる」
「カレーは苦手だったんじゃないのか?」
「そうなんだ。元々苦手だったんだけどなあ。今は食べられるようになって…今日のカレーが一番美味い!」
「ふぅん。ジェイドの作ったものより?」
「えっ?」
「ふふふ」
「ジャミルさんはお変わりないようですね」
「…うるさいな」
向かい合った席に座るアズールとジェイドは苦笑する。この、面白いものでも見つけたような顔をするこいつらのことは前世から苦手だったが、今でも好きになれそうにない。
「ああそういえば僕、用事を思い出しました。カリムさん、今日の予習は無しにしましょうか」
「えっ?用事は明日じゃなかったのか?」
「ええ、僕としたことがうっかり。間違えていました。ごめんなさい」
「オレは良いけど…」
不自然な流れに俺の眉間は自然に寄っていく。こいつまさか
「タダ飯食いに来ただけじゃないのか…」
「ああ、なんて人聞きの悪い!」
「ふふ。アズールってば、大げさですよ」
さあ、行きますよと、食べ終わった食器類を片付けて、ジェイドはアズールと共に家を出る。カリムはご丁寧にも玄関先まで2人を見送り、気をつけてな!なんて、呑気に笑う。
がちゃり、と、玄関扉が閉まったところで振り返って来るカリムをじっと見つめると、きょとんと顔を傾げた。
「ジャミル?」
「お前、気づいてないのか?」
「どういうことだ?」
「…海の魔女とその手下からの慈悲深いお気遣い」
「……ああ!二人っきりにしてくれたってことか!」
「……お前、そういうことは言葉にしないものなんだよ。ムードのないやつめ」
「むっ」
なるほど!なんて、言い出しそうな薄い口唇に人差し指を当てると、カリムは口を噤む。大人しくなったところで、手を引いてリビングに戻り、そっとソファーに座る。
ジェイド、アズール、フロイドが座っても十分な大きさだ。4人で座って楽しく過ごしてた日々もあったのか。俺が知らないうちに、知らないところで…。
「ジャミル、あの…手…」
いつの間にか握っていた手に力が籠っていた。カリムから指摘されたところで、俺は力を緩めるどころか、更に力を込めた。驚いて身を引こうとするカリムの肩を掴むと、びくりと、体を震わせた。
「お前はまたそうやって、俺から逃げる気か」
「そんな……」
「勝手にアジームに戻って、勝手に俺より先に……」
目の前が赤く染まっても、弱っていくカリムに回復魔法を与える他なかった。近くの小部屋に逃げ込んで、生きろと何度も念じた。こいつはそんな俺のことなんてお構いなしに、勝手に息絶えた。
途方に暮れていると、騒ぎを聞きつけた父さんが数十人の使用人を従えて屋敷に乗り込んでいた。使用人の中には魔法師も含まれていてその瞬間、一瞬だけ、カリムは助かるんじゃないかと思った。
けれど、首を緩く振られる。遅かった、と大人達が口々に言う。気づけばカリムは白い華が敷き詰められた棺に入れられて、あっけなくその生を終えたのだ。
こんなことでアジームは終わらせない、と、奮起したのは残されたカリムのきょうだいたちとその従者だ。カリムの弟をトップに置き、従者家系の中では父さんが指揮を執り、魔法師を中心に使用人のチームを一から形成した。
俺はNRCを卒業したあと上級魔法師の資格を習得すべく、その年熱砂にできたばかりの魔法学校へ編入した。従者としての鍛錬も怠らず、アジームを再建させるためにバイパー家として、尽力した。
その結果として、アジームから斡旋された見合いも受け入れて、聡明な妻と子宝にも恵まれた。最後は老衰。
けれど、死ぬまで、俺の本心は、ずっとカリムに囚われたままだった。
もしも、NRCの卒業前にカリムを引き戻すことができたなら、カリムは死なずに済んだのか、俺がオーバーブロットさえしなければ、カリムは隠し事なんてしなかったのか。
前世の人生に後悔なんてしてないと、ずっと思い込みたかった。
「ジャミル」
気付くと、視界が暗い。カリムの肩に額を当てていたせいだ。
温かい掌が俺の背中をゆっくり撫でる。なぜこの温もりを今まで忘れていたのか。
「俺だけが……忘れたままだったのか……」
オクタヴィネルの連中ですらカリムに関する記憶がある。旦那様にも、もしかしたら、父さんにも記憶があったのかもしれない。
俺だけがまた置き去りにされている。
「……忘れたままでよかったんだ、ジャミル。オレはさ、ジャミルに自由に生きててほしい。お前を入学式で見た時に、オレはお前に会っちゃいけないって思った。…駄目だったんだけど…」
静かに呟く声が、心の奥底に染み渡っていく。枯れた草木しかない砂漠の果てに、一滴の雨水が降り注ぐようだ。
肩から額を離して、カリムと向き合う。
俺がずっと求めていたガーネットレッドの宝石から、雨水が滴る。
頬を伝って流れるそれを止めてやろうと指を添えると、カリムも同じような動きを見せる。
「泣かないでくれ、ジャミル」
生ぬるい何かが、頬を伝っている。カリムの不安気な表情でそれが涙だと気付かされる。
「そんな顔されたらオレ…退学できなくなっちまう」
「……は?…ちょっと待て。なんの話だ。お前また、俺に黙って勝手なことをしようとしてるのか」
「ジャ、ジャミル?」
ソファーの上で後退るカリムの腕を取って、ぐいっ、と距離を詰める。
「まさか、あの不良共のせいで…心配するな、あんな奴らこそ退学に追い込んでやるよ…お前に手を出されてこの俺が黙っていられると思うか…?」
「ちょ、ちょっと、ジャミル、落ち着いてくれ!オレは、殴られたから退学するってわけじゃないぞ!?これ以上ジャミルの邪魔になりたくないんだ!」
「ッ、」
切羽詰まったような声色で涙ながらに声を張る。カリムは深呼吸をして一度落ち着くと、涙をぽろぽろと溢しながら俺の手を握り返す。
「いまのオレと出会って、ジャミルにとっていいことなんてない。むしろ、オレと知り合いだってだけで学園での立場も悪くなるかもしれない。だから、オレ、とーちゃんにお願いして退学しようって…思ってたのに…やっぱりオレ…」
「……なんだよ」
言えよ、と、急かす。こいつはこんなにうじうじとした奴だったのか。
まさか前世のカリムにも俺の知らない部分がたくさんあったのか。
「オレ、やっぱり、ジャミルのこと…好きで……好きだから守りたくて…あの時は…死んじまったけど…でも本当はずっと……」
一緒に居たかったんだ。
カリムの柔い体を抱きしめた。縋るように、両手が背中に回されて、俺はようやく、心の底からの笑みが溢れ出た。
こんな簡単な言葉、前世で言えなかった。
「一生離してやらない。…覚悟しとけよ」
大人しく目を瞑ったカリムの口唇に、今はただ、触れるだけのキスを落とした。
***
『ラッコちゃ~ん おはよぉ』
『おはようございます』
「フロイド、ジェイド!おはよう!」
インターフォン越しに見える双子に応えて、カリムが勢いよく玄関扉を開ける。
「あれぇ。ウミヘビくんがいる。」
「居て悪いかよ」
「おやおや…ご家族には何と?」
「…別に。友達の家に泊まる、って言っとけば充分だろ」
「と、友達っ!?ジャミルッ…!」
「あはっ。ラッコちゃん感動してんの?」
「お前のこと友達だって思ったことない」
「ええっ!」
「ふふっ。カリムさん、一喜一憂してますね」
たしかにカリムはころころと表情が変わって忙しない。ただそれが俺の一言で翻弄されていると思えば、正直気分が良い。
双子が持ってきた紙袋の中から出て来たテイクアウト用のサンドイッチと、飲み物がテーブルに置かれる。
「フロイドのサンドイッチは美味いんだ!」
「ふぅん」
俺がいくらでも作ってやれるのに、と、喉から出かかった言葉を飲み込む。
透明のカップに入った飲み物はあの日、喫茶店で見た色と同じものだった。
「これ、美味しいんだよー」
「なんのジュースだ?」
小首を傾げるカリムの横で、カップを手に取る。少し上に掲げると、ベランダから差し込む朝陽でより赤く、照らされる。
「ざくろジュース」
今度こそ、飲み干してやる。
***
K-side
***
ジャミルが生徒会長になって、学園は一層風紀が良くなったと、アズールは言う。
特にジャミルが提案したサスティナブル月間は近隣の大学や企業にもっぱらの評判で卒業後の進路の選択肢が増えて生徒に指導しやすくなったらしい。
「さすがは策士ですよね。こうして、僕たち教師陣の評判まで上げてしまうんですから。たかが学園の一生徒、というだけでは終わらないのがジャミルさんのすごいところです。NRCの頃も一目置いていましたが、彼は今世でも変わらないようだ」
「うん。ジャミルはやっぱりすごい奴だよ」
オレもなんだか上機嫌になってしまう。
ジャミルがすごい奴だって褒められるのは嬉しい。オレだけじゃなく、学園中の人たちがそう思ってくれてる。
「――――。
最後になりますが、学園生活を支えてくださったすべての方に改めて感謝申し上げます。学園の益々の発展を祈って、答辞といたします。生徒代表、ジャミル・バイパー」
いつかの生徒会長選挙の時と同じように、ジャミルはステージ上にいる。
退学しようってずっと思ってたのに、卒業式のこの日まで、オレはジャミルの近くに居られる。嬉しくて涙が出た。
でもまた泣き虫だなんて思われそうだから、すぐに目元を拭う。
卒業式会場の外へ出て、少し深呼吸をした。手にした卒業証書を持ち直していると、目の前を通り過ぎていく生徒の1人が歩みを止めた。
「カーリムくん!卒業おめでとうっスね!」
「ラギー!」
実はラギーとは中学が同じだった。前世のころから宴に誘えばいつだって乗ってくれる良い奴だ。オレを見かけてはいつも声をかけてくれる。
「ラギーも、卒業おめでとう!」
「シシッ。パーティーはいつでも大歓迎っすからね!」
「ああっ!絶対誘うぜ、次はジャミルも」
「俺がなんだって?」
「あっ、ジャミルくん」
「ジャミル!」
ラギーと話していると人だかりの中からジャミルが現れた。目に見えて、オレは喜んでしまう。これが犬なら尻尾すら振っていると思う。
「オレ、まーた、お邪魔になりたくないんで。じゃあね、カリムくん、ジャミルくん」
「お、おうっ!またな!」
なぜか足早に去っていくラギーに手を振る。もっと話したかったなあと呑気に思って隣を見ると、ジャミルは眉間に皺を寄せている。
「あいつにも記憶が…あったのか」
なんて顔してるんだ、って笑ってしまう。
「…なんだよ」
「ふふっ…いや…なんでもない…ひゃみう!」
「ムカつく顔」
「ふふっ、へへっ」
「笑うな」
へらへら笑っていると両頬を指で優しく掴まれて外側に引っ張られた。それってもしかして嫉妬か?ってなんて聞いた日にはジャミルは怒るだろうなって思う。
ジャミルはひとしきりオレの頬を引っ張って楽しむと、すっと指を離した。
「ジャミルの挨拶、感動したぜ!かっこよかった!」
「…今はそういうの…いいから…」
「え?なんでだ?…わっ!」
急に顔を逸らされて、納得がいかないオレはジャミルの顔を覗き込むと両手で顔を挟まれた。
近づいてくるジャミルの顔は、ほのかに赤い。
額がぴたりとくっ付いて、ジャミルの熱が移ったみたいにオレも体温が上がる。
「そういうのは…ふたりきりのときに言え」
「……うん」
小さく返事をすると、ジャミルはオレの手を握る。
ゆっくりと歩き出し、大勢の卒業生の中に紛れて銀杏並木の道を行く。
正門の外へ出て、学園の角を曲がったところでジャミルはキスをしてくれた。
それはとても甘くて優しい。
一生ジャミルの傍にいたいって気持ちが、やっと許されたような気がして、オレは何度目か分からない涙を少しだけ零した。
***Subsequent story***
今日の分の講義は午前中で終わり。
久しぶりに午後からフリーだ。
教材と飯の入ったリュックを背負ってキャンパスの中庭へ行く。
今日は天気が良い。
この大学の良いところのひとつは、広々とした中庭があるところだ。
学生たちは各々のお気に入りのスポットがあるらしく、人が一か所に密集することはあまりない。
入学して数か月、もう少しで汗ばむ季節になる。日中は太陽の熱で暑さを感じることもあるから、木陰のすぐ下なんて最高だ。小さな木のテーブルや椅子だってあるから、こうして弁当を広げるのも荷物を一度卸すのにも最適だ。
ふと、芝生を歩く足音が聞こえてきた。
「遅いぞ」
「すまん!」
申し訳なさそうに下げられた眉。太陽の光に照らされるのは黄金のピアスだ。
「課題提出するの忘れててさ、先生追いかけてたら遅れちまった」
「期限は間に合ったのか?さすがに教育学部の課題は見てやれないぞ」
「おう、ばっちりだぜ!」
褒めてくれ!と言わんばかりに、カリムは隣に座る。
「ジャミルは?」
「俺は実習がまだ先だからな。課題ものんびりやってるよ」
「そうなのかあ。理系の奴ら大変そうだったぞ?」
「理工学部と医学部じゃ、ちょっと違うだろ」
「そういうもんなのか?」
小首を傾げるカリムを横目に弁当を広げていく。
簡単なものしか作ってはいないが、ピタパンの中はカリム好みに味付けされた鶏肉を挟んでいる。
「美味そうだなー!いただきます!」
溌剌とした声に似合わず、小さく口を開いてかぷり、と音を立てる。カリムは食事中、たとえ軽食程度の時でも、育ち故か上品にゆっくりと食べる。よく味わっているとも言うが。
「美味い!」
―ああ。この瞬間だ。
俺しか傍にいない、今ここで、この笑顔を独占できるんだって、そう思わせてくれるこの瞬間が好きなんだ。
やっと、前世の最期を一からやり直せるって実感した。
絶対に、一生離してやらない。
Dolls (序章)
※転生後ジャミル×ドール(人形)カリムの物語。カリム以外の登場人物に前世の記憶があります。
友情出演・オクタヴィネル。
Doll specialty store ⁂ Octavinelle
Dolls【ドール】
人形。オーナー(所有者)と契約することで人間と同じ生活を営むことが可能。生殖機能も老化現象もないが、オーナーが死亡するとその数日後に心臓の歯車が自動停止する作りとなっている。
***
今日もあの人は笑ってくれない。
朝の9時と、それから正午。オレの身体は、特定の時間になると自然に動き、踊り始める仕組みで作られている。店内の音楽に合わせてディスプレイの中でステップを踏んでいると、ガラス越しに見える人達は通り過ぎる人もいれば、わざわざ足を止めてオレが踊り終えるまで眺めてくれる人もいる。時々、同じように踊って楽しんでくれる小さな子供や、目尻を下げて嬉しそうに見上げてくれる老人、朝の通勤ラッシュで足を止めて見入る人、昼は休憩がてら昼食のパンを手に、オレを見てくれる人までいる。それがうれしくて、たのしいから、踊ることは大好きだ。一日中そうしていたって良いぐらい。
オレを作ってくれたジェイドとフロイドが言うには、一日中踊り続けるのは身体への負担が大きいので難しいと告げられた。オレは人間のようで居て、人間じゃない。踊っていたって筋肉がつくわけでも、身長が伸びるわけでもない。少し寂しいと思わなくはないけれど、自分のできる範囲で人がオレの姿を見て楽しそうに手拍子をしてくれる様子を見るのは生きがいを確かに感じられた。それにこの店で作られたことは誇りに思っている、今のままで十分幸せだ。
でも少しだけ、引っかかることがあった。
毎朝、同じ時間に店の前で足を止めるあの人。長い黒髪が綺麗で、いつも卸したてのスーツを着ていて、タンブラーを片手にこちらを眺めている人。いつも難しそうな顔をしている。時々、睨んでいるようにも感じるその視線を浴びながら、たまにステップを踏み間違えてしまうことがあった。あの人の視線に気づくと、どうしても、心臓の歯車の鼓動が乱れて、足がもつれてしまうことがある。なんとか立て直して、音が止むまでは踊り続けるけれど、踊り終わってお辞儀をして頭を上げると、拍手をしてくれる人ごみの中でその人は静かにこちらを見つめるだけだった。笑った顔も、嬉しそうな顔も、一度も見たことがない。
(何が悪かったんだろう)
気に入らないことがあるんだと、思う。ミスが許せないのか、ディスプレイのデザインが嫌なのか。
それとも、ドールであるオレ自身のことが癇に障るのかー。
(ドールは人に好かれることが前提で作られてはない。オレのように意志を持つドールを中古品と呼び、好まない客層だっている。それでも、あの人をいつか、笑わせてみたい。だって、笑えない人生なんて、楽しくないじゃないか。そう思うのは、傲慢だけど、それでもー。)
―Ⅰ―
「カリムさん、今日もお疲れさまでした」
店主のアズールはディスプレイの扉を内側から開いた。扉が開かれて、カリムはヒール音を鳴らして、店内に戻る。ここはドール専門店、オクタヴィネル。店内には、契約を交わすためのカウンターとショーケースに並ぶドールのパーツしかない。シンプルな造りは、高級志向の客層しか想定していないからだと、昔アズールから聞かされたことがあった。
「ラッコちゃん、メンテの時間だよ~」
店奥にある応接室から出てきたフロイドから、なにやら甘い香りが漂う。すんと、鼻先を着ている白衣に寄せると、くすぐったそうにフロイドは笑った。
「あ~、ばれちゃった?お茶してたんだあ」
「今日はトレイさんから新作のケーキを試食として頂いたものですから・・・」
フロイドの後ろから、顔を覗かせたのは同じく甘い香りを漂わせている双子のジェイドだった。見た目のわりによく食べる(と、アズールは恨みがましく言うことがある)この双子のドール職人は、休憩の合間でカリムに内緒でよくお茶をしている。ほとんどが内緒にできていないのは、口の端についたクリームのせいだ。
オーナーが居らず、人と仮契約も交わしたことのないカリムは、声帯も体温も持たない。人間が食べるものは口にしたことがなく、唯一あるのはたまに淹れてくれる紅茶だけだ。臭覚や味覚、痛みは感じることができる。また二人だけで美味しそうなものを食べてたんだなあと少しだけ落ち込むような素振りを見せたカリムに、フロイドとジェイドは目尻を下げて笑った。
「カリムさんもそろそろ、食べられるようにはなりますよ」
その様子を見ていたアズールがにこりと笑う。真意が分からずに小首を傾げていると、閉店の札を掲げていたはずの扉の鈴がちりん、と鳴った。
「仮契約が近い、という意味ですよ。どうぞ、入ってください」
アズールが声を掛けると、秋先の少し冷たい外気の風と共に、入ってきた客。
(・・・・・・!)
カリムはその人物の姿に、大きな目を見開いた。
「ようこそ、オクタヴィネルへ」
「お待ちしておりました」
「相変わらずじゃ~ん」
「・・・・・・」
交わされる視線にカリムは戸惑った。アズール、ジェイド、フロイド、それから、入ってきたばかりの客。その人は相変わらず笑ってはいなくて、後ろ手にドアノブを閉めると着ていたロングコートを脱いだ。少し寒くなる前によく見かけていたスーツ姿だった。
(あ・・・・・・)
じろじろと眺めているのがよくなかったのか。彼はカリムを横目で見るとすぐに視線をアズールの方へ戻した。とてもじゃないが、自分自身に好感を持っている客とは思えない。ここには素晴らしいドールもそのパーツもたくさんある。現在起動しているのはカリムだけだが、彼の目的は他にあるみたいだ。3人の知り合いなのかもしれない。ビジネス仲間か、友達か・・・。
(邪魔しちゃ悪いよな)
カリムがその場から離れようと、店と家が繋がる渡り廊下の出口へ向かおうとしていると、背丈の高いジェイドとフロイドに行く手を阻まれた。
「?」
「な~に、ラッコちゃん、もう家に戻るの?」
「お客様ですよ、カリムさんに」
(オレに?)
疑問に思い振り返ると、アズールと彼がこちらを見ていた。
「あまり怖い顔なさらないでください。カリムさんが警戒してしまいます」
「そんな顔をしているつもりはない」
「ウミヘビくん、ウケる」
「ふふっ」
(ウミヘビくん?)
どうやら彼の名前らしい。フロイドはジェイドとアズール以外のモノや人に対して、海の生き物に擬えた名前で呼ぶことがある。特に親しい相手だと尚更だ。彼は、フロイドの友人なのかもしれない。ひとつまとめにされた長い黒髪は、艶めきがあって美しい。それに表情だって物静かで、頬の輪郭が細くて。
「ッ!」
「おっと」
じっと見ていて気付かなかった。いつの間にか距離が詰まり、伸ばされた彼の指が、頬に触れそうになって思わず後退る。カリムは、後ろにいるフロイドに支えられるような形で足元が躓いた。
「ウミヘビくんって案外手早いよね」
「誤解のある言い方をするな」
頭上で交わされるやりとりに、カリムはきょろきょろと視線が彷徨う。彼はもう一度手を伸ばしカリムの首元で触れかけようとした指を止めた。
「・・・綺麗だな」
ぽつりと呟かれた声に心臓の歯車が軋む。はっと息を飲むと、漆黒の瞳が真っすぐに見つめていた。・・・と、思ったのもつかの間、視線が下がる。
そうだ、この服のことだ。これは、ジェイドとフロイドが知り合いの有名なデザイナーにオーダーメイドで作らせたものだった。たしかブランド名は『フェアリー・ガラ』。店で初めてのドールだから、とアズールが張り切って仕立ててくれた。ヒールが高めの靴にも拘りがあって、これはジェイドとフロイドが丹精込めて作り上げてくれた。この世でたったひとつしかない大切な服飾だ。もっと見てほしい!と、足底を少し浮かせて見せる。髪飾りやピアス、手首のアクセサリーに、きめの細かい装飾、見てほしいところはたくさんある。笑みを浮かべて、身振り手振りしていると、彼はまた眉間に皺を寄せた。
「そういう意味じゃない・・・と、言っても分からないだろうな」
彼は手を下げて、ため息を吐く。人間が考え、感じることは、この店で生活していくうちに、人のことは分かってきたつもりでいたが、所詮外部の誰とも契約していない自分には計り知り得ないことがたくさんある。人になれば理解できたのかもしれない。ドールである自身の環境については何の不満もないはずなのに寂しいと感じるのはきっと、贅沢な話なのだ。
「さ、ジャミルさん。こちらが仮契約証になります。今からお話しする条件は、カリムさんもきちんと聞いておいてくださいね。ジェイド、お茶と・・・それから、まだケーキは余っていますか?」
「ええ、お二人分あります。ダージリンを淹れてきましょう。ケーキに良く合いますよ」
「よかったねえ、ラッコちゃん。ケーキ食べられるってよ?」。
「・・・おい、そろそろ離れろ」
後ろから抱きしめてきたフロイドが頭上に顎を乗せくるので、見上げてみると、にやりと笑う瞳と目が合う。黒髪の彼は、面白くなさそうな顔でカリムとフロイドを見やる。また、何か気に食わないことがあったみたいだ。不機嫌そうな顔を隠すつもりもない彼は、アズールに案内されて歩を進める。
(ケーキが食べられる?皆と一緒に?この人は誰と仮契約するんだ?)
フロイドに後ろから肩を押されて促された行先は応接室だ。えっ、と驚いて先を行くアズールと彼を見る。察してくれたのか、アズールは契約証をひらりと翳した。
「ジャミルさんは貴方と仮契約に来たんですよ、カリムさん」
『カリム・リーチの仮契約同意証明書』
証明書に光る銀色の文字が、俄には信じられないでいた。この名は、ジェイドとフロイドから貰ったものだ。『カリム』とは、2人が大切に想っている友人の名前から由来する。譲渡することを前提に作られておらず、店を開く際の一体目のサンプルドールとして作られたはずなのに、契約書がこうして存在していたことには驚いた。アズール、ジェイド、フロイド、それから・・・
「ジャミルさん、こちらにサインを」
ジャミル、と呼ばれた彼はアズールに差し出された万年筆を手にすら、とサインを記した。店に来たときから、アズール達と交わされる小さなやり取りから彼らの知り合い、否、もしかしたら親友なのかもしれない。そんな親しい雰囲気は感じていた。オレの知らない、親友たち。フロイドとジェイドとアズールは、家族のようなものだ。親友と呼ぶには少し違う。
(オレには親友と呼べる人なんて…)
少しだけ心臓部分がちくりと傷んだ。
「はい、どうぞ。カリムさん」
応接室のソファーに座っていると、部屋に入ってきたジェイドが、召し上がってください、と苺の乗ったショートケーキを運んできた。目の前に置かれて、思わず口が緩んでしまう。これが、ジェイドとフロイドがよく食べているケーキだ。ジャミル、と呼ばれた彼がサインをしてくれたおかげだ。人と仮契約を交わすと、人と同じものを摂取しても良い。そんなルールで作られたドールは少々不便な生き物かもしれないが、同じものを食べられる、というのは嬉しい。見様見真似のいただきます、という仕草をしてフォークを手に白いクリームに覆われたスポンジを上から掬おうとしていると、横から手首を掴まれた。
「!」
「・・・すまない」
ジャミル、と呼ばれたその人の手だった。咄嗟の行動のように見えたその手を、バツの悪そうな顔して、すぐに放す。これからオーナーになるかもしれない人。もっとよく知らないといけない。目の前のケーキにはしゃいでる場合じゃなかった、と、カリムは首を横に振った。
「・・・お前が謝る必要はない」
視線を外されたその先で、ジェイドとアズールが互いの顔を見合わせた後、こちらを見て苦笑した。
「心配性なんですね」
「過保護ですね」
「・・・うるさいな。それを食べたらすぐにここを出るぞ、カリム」
契約証の控えを渡されて、ジャミルは持っていたビジネス用の鞄に仕舞いこんだ。心配性、過保護の意味はよく分からなかったが、なるほど、少しせっかちな人なのかもしれないなと、慌ててケーキを頬張った。甘くておいしい。ほんのりと優しい甘さが口中に広がった。ジェイドの淹れてくれた紅茶もいつもより何倍も美味しく感じられる。
「それでは改めて、口頭でも説明しますよ」
アズールの声に耳を澄ませる。
「仮契約とは所謂お試し期間のための契約です。期間は明日から三日間。この間、カリムさんは食べ物の摂取を許可されます。まあ、今日は特別に古くからの友人として、免除させて頂きますので、具体的には食物の摂取は今日からで大丈夫です。本契約を交わすまでは、声帯と体温はカリムさんには追加されません。あくまで、仮契約。ジャミルさんはこの三日間は仮のオーナー、となります。三日間後の翌朝には必ずご来店ください。その際に問題がなければ本契約の証明証をお渡しします。ご来店までに答えを見つけ出してくださいね。貴方も、カリムさんも」
こくりと、頷いて見せる。所有者にもドールにも権利を与えてくれる証明証の本書をアズールは丁寧にファイリングすると席を立った。最後の一口のケーキを食べ、紅茶をこくんと、飲み込むと待っていたようにジャミルもコートを羽織り、鞄を手に持つ。右のポケットからは、革のキーケースが出てきた。エンブレムのついた鍵が揺れる。そうだ、急がなきゃと自分も席を立つと、ふ、と吐息が聞こえた。
「慌てなくてもいい」
背を追いかけるように歩くと、表情は見えないが優しい声が聞こえた。
***
ジャミルの運転する車に乗り、見えてきたのは雪のように白い壁で造られたコンパクトハウスだった。車庫に停めてくるからと、先に車から降ろされて、玄関先にある数段しかない階段を上る。玄関の扉まで真っ白で驚いた。ドアノブは黒。唯一の色だった。すべてが潔癖を思わせるそれに、ジャミルは白が好きなのか。白のどんなところが好きなのか、想像してみる。アズールの店やフロイド、ジェイド達と暮らしている店はいろんな色で溢れていた。例えば、深い海の底を思わせるような青や、澄んだ空を思わせる水色の壁紙に、リビングにはジェイドが好きで集めているという色とりどりのキノコのぬいぐるみやクッションが置かれていたりする。この家の中はどんな物で溢れているんだろうか。瞳を閉じて考えに耽っていると、後ろから階段を上がる靴音が聞こえた。
「カリム、寝てないか?」
ゆっくりと瞼を開けてくるりと振り返ると、ふらりと身体が横に揺れた。ジャミルが手を伸ばし、肩を抱くと開いたはずの瞳はまた閉じられた。
(アズールの奴・・・)
ジャミルに体重を預け、寝息でも聞こえてきそうなカリムを抱き上げる。通常は仮契約を交わしたその日からお試し期間という制約が始まるはずだ。だがカリム・リーチの三日間は翌日から。仮契約を交わし、すぐさまケーキを食したカリム。それから家の中に入るまで持たなかった眠気。仮契約を交わした直後に人の造る食物を口にしたドールはつまるところ、身体の動きを制限する仕組みに作ったのだろう。これを不良品と呼び返品するようにも仕向けたのか。発案者はジェイドか、フロイドか。店主は試す気だったのかもしれない。
(何が、古くからの友人だ)
今世でもいけ好かない奴らだと思いながら、ゼンマイの切れたオルゴールのように動かなくなったカリムを抱いたまま片手で寝室の扉を開いて、照明のスイッチを押す。部屋中にオレンジ色の灯が広がる。
1人で住むには広すぎるこの家の中には部屋が3つある。賃貸契約であるが、この地域の物件にしては築年数が経過しすぎていて思いのほか安く済んだ。年数が経過しているのだけが欠点で、内装は上等な造りをしている。住み心地は良い方だ。休日には、芝生だけ敷いてある広い庭でハンモックを出して書籍を読みふけり、飽きたら睡眠を貪ったりもするのが案外、悪くなかったりする。
早く見せてやりたい。ハンモックなんて、見たことないだろうに。ベッドにそっと寝かせると、ようやく、寝息に似た呼吸が聞こえてきた。頬と唇に指を滑らせると、何の凹凸もない滑らかな皮膚肌が呼吸音を響かせる。たしかに体温はないが、前世のカリムを表現するには十分な出来だった。
頬の輪郭をなぞり、唇を寄せる。薄いその口唇にそっと口づけた。はらり、と、長い黒髪がカリムの小さな喉仏を擽った。
「・・・おやすみ」
また、明日。
カナリアを呼ぶ・前編(R18)
※主従逆転パロです。ジャミルに正妻がいる描写があります。また、オリキャラが数名でてきますので、ご注意ください。
「おかえりなさいませ、ジャミル様」
自室の扉が開かれ、高価な装飾を身につけた従者が頭を垂れて出迎える。
従者と思えぬとよく言われるその風貌、出立ちは、俺が好んで与えた装飾品のせいだ。人間国宝と呼ばれる職人に他国で買い付けた希少な絹糸を渡し刺繍をさせたターバンに、形の良い耳に光るのは志すことを決めた偉大なお方をイメージしたコブラの純金ピアス。それから首、腕、足、手、それぞれに、4人家族が半年は困らずに生活できるほどの額を注ぎ込み施された宝石の装飾品たち。施しを受けた本人は「オレにはもったいない」などと抜かしていたが、そのガーネットレッドの瞳も透き通る真珠のような白銀の絹髪も全てを活かし、周りを牽制し、魅せられるだけの見立てをできるのは、俺しかいないだろうという自負があった。
そもそもこの俺の後ろを付いて歩くのだから着飾るのは当たり前だろう、と答える。すると「そういうもんなのか?」と、従者は従者らしからぬ口調で主人に問うのだった。
「それ、やめろって言ったろ」
背後に周り、慣れた手つきで上着を脱がせる従者に向かってぽつりと呟く。上着を両手に持つと慎重にハンガーラックにかけていく。
従者はくるりと振り返り、へら、と笑った。
「でもなー、この間とーちゃんに怒られちまってさー。『ジャミル様になんて口の利き方だ!』ってな!」
「よく言う…。昔から知ってるくせに」
「だよな!あ、ジャミル、何にする?紅茶か?コーヒーか?今日は良い茶葉が入ったんだけど」
「じゃあ、紅茶にしようかな」
「分かった!準備してくるな!」
「その前に」
「んっ。」
ころころと表情を変え、よく喋る唇に指を当てる。大きな瞳で見上げてくるその顔つきには、従者というより幼少の頃の幼馴染を思わせた。
指を形の良い顎に這わせ、首筋と喉仏をくすぐると、気持ち良さげに目尻を下げる。少し開いた唇に自身の唇を重ねてゆっくりと体を倒すと、従者はその身をあっけなくソファーに沈ませた。
一旦唇を離し、また啄むように口付けを再開させる。少しのリップ音を鳴らして首元まで隠された従者の服の留め具を外す。これも、高価な銀の金具で作らせた。
「んっ…ん…」
服を開き、外気に晒された褐色の肌。今日も艶がある。言いつけ通り、与えたオイルで手入れをしたのだろう。教育の賜物というやつだ。きちんと確かめるために肌に舌を這わせた。
「な、なあ…。」
控えめな声音が耳を擽る。なんだ、と顔を上げると頬をほのかに赤らめたカリムと目が合った。
「ジャミルは…なんでオレなんかを…」
「ん…何か言ったか?」
「う、ううん…なんでもないぜ…」
***
「こちらの絹糸は、国宝と呼ばれる職人御用達の土地で採取されたものでして、大変希少価値が高くなっております」
「ほう。これは素晴らしいね。ぜひとも我が国でも」
「ありがとうございます」
NRCを共に卒業してから、家業を継ぐために慌ただしい日々を送るようになった。父は、自身にも他人にも厳しい人で、卒業して間もない俺に新規の商業ルートを一人で開拓してこいだの、NRCでは割と生ぬるい生活を送っていた俺に無茶を言うようになった。
今、目の前にいる商談相手は贔屓にしている他国の王室関係者だ。骨董や装飾品に目がなく、バイヤーのように世界を渡り歩いている途中らしい。相手は、付き人にいくつかの指示を出し俺がテーブル上に用意した装飾品を片っ端から運ばせていた。
これで決まりだ。このまま上手くいけば他国の王室献上品として箔が付く。
「ああ、君」
相手が、俺の後ろに立ち控えるカリムに突然に声をかけた。
その途端、さきほどまで上手くいく、と高揚していた気持ちが一気に冷めていくのが自分で分かった。顔だけ振り返ってみると、カリムは短く返事をしつつ、目を丸くしていた。
「私、でしょうか」
幼馴染の従者は今だ慣れない受け答えをする。
「ああ。君のその装飾…純金のピアスか。それは非売品か?とても良い出来だ」
「ありがとうございます。これは…贈り物でして」
「ほう。その御方は良い趣味をしている」
「あっ、ありがとうございます!」
にこりと朗らかに笑うカリムに、相手は気を良くしたらしい。昔からこういう輩はよく居る…カリムがひとつ微笑み元気な受け答えをするだけでこれだ。俺は心臓がいくつあっても足りない。前々から警戒心をよく持てと言い聞かせてはいるものの、この無防備さはなかなか改善されない。
「君自身にもよく似合っているね。従者にしておくには少しもったいない気もするが…」
「…ヤーズ様、そろそろ迎えの方がお見えになる頃では」
「ああ、そうだった!すまないね、時間に遅れるところだった」
「出口までお送りします。カリム」
「はい!」
ぴょこんと、耳を立てる仔犬のような反応を見せたカリムは、応接室の扉を率先して開く。外に控えていた付き人に混じり、カリムは俺と取引先相手の後ろに付く。
邸宅の玄関口まで出ると何台かの高級車が主人の戻りを待っていた。さすが王族関係、従者と護衛の数は桁違いだ。
相手は開かれた後部座席に乗り込むと穏やかに笑みを浮かべて手を振り、去って行った。
一行の姿が見えなくなったところで、安堵のため息を吐く。
「良い人だったな!」
「良い人って…お前なあ」
「だって、このピアスのこと褒めてくれたぜ!見立ての良い人だ」
「…まあ、それに関しては見る目はあるよ。さすが王族だな」
耳元に光るピアスに指で触れると、少しくすぐったそうにカリムは笑う。
幼少のころからつけているこのピアスは間違いなく俺が贈ったものだ。一生俺の傍から離れることのないようにと。
NRCに居たころも、カリムは丁寧に手入れをしながらこのピアスを長年愛用している。
「ああ、そうだ。今夜は少し遅くなるから…例の香りを用意してほしいとダーシャが言っていた。頼めるか?」
「おう、わかった!…じゃなくて、承知しました!」
カリムはNRCのころと変わらず、落ち着きはなく底抜けに明るい。
NRCでは共に座学を好んで学んできたが、警戒心が強いが故に俺は人付き合いには苦手意識を持っていた。今回の商談相手にもそれが少し浮彫になったような気もするが、そんな空気を緩和させるためにカリムは、パートナーとしてもうってつけだ。
だが俺以上に俺の性格を熟知している母親と妹たちからは、カリムに頼りすぎるなと言わんばかりに、数年前に見合いを提案され(勝手にセッティングされていた)NRCを卒業して3年後家業のこともあり、国随一の資産家のご令嬢であるダーシャと婚約した。
彼女は聡明で賢く、その美貌に劣らず中身までさっぱりと透き通るような性格の人だ。色恋に興味がない俺でも彼女なら良い関係を築けそうだと思えるほどに。
婚約が決まっても、俺とカリムの関係は変わらない。俺が求めれば、カリムは体を差出し、応える。
最初に一線を越えた夜は、学園の寮室内だった。命令だと勘違いしていたカリムは卒業する日まで、ずっとその身を差出してきた。
卒業しても尚続く関係に、何か言いたげにしている表情を見せていることは知っている。しかも俺が婚約から結婚の儀まで済ませたのだ。
彼女に悪い、と一度だけ泣かれた夜もあったが、そんなことはお前の気にすることじゃないと、その身体に言い聞かせた。
―まだ、言えない。
バイパー家の次期当主の座と、カリムのただ唯一の主人としての地位。
貪欲な俺は、その両方を手放したくない。その為に、俺はこの屋敷の中で成し遂げるべきことがあるのだ。
***
ダーシャは、「花の王」と呼ばれる香りが好きだ。
そのオイルを壺に垂らして、少々の媚薬の香も混ぜる。夜はその香りに満たされた部屋で過ごすことを非常に好んでいた。
さあ、オレの仕事はここまでだ、と、使用人たちが清掃した部屋を後にする。
あと数分もすれば、邸宅の庭から(今夜は、少し寒い)散歩を終えた夫人とジャミルがこの部屋にやってくる。
いつものことなのに。考えれば、考えるほど、胸の奥底がぎゅっと縮まるようなこの想いは、今夜の寒さだけではないような気がした。
ジャミルが結婚してから―不安に思うことが多い気がする。
昼間は明るく振舞っているつもりでも、元々1人になることが苦手はオレは、夜になると「らしくなく」、考え込んでしまう。
自室に入り、鏡の前に座ると、ジャミルがくれた数々の装飾を外す。どれもこれも自分にはもったいない宝石で着飾ったものを外す。
鏡に映るのはただの使用人の男だ。
ジャミル・バイパーの従者、右腕。大層な異名に恥じぬように努めてきたつもりだが、ジャミルの恩情・恩恵があるからこそここに存在できるのだと自覚する。
勘違いするな、と自分に言い聞かせて寝間着に着替える。
外したピアスに、また明日、と口づけて引き出しにそっと仕舞う。
今日の仕事はもう終わり。さっさと寝床に入ろう。
でもしっかりと瞳は開けて、頭は起こしたままだ。
事情が終わるまで、従者は気が抜けない。どこから刺客が来るのかわからないから。有事の際にはすぐに対応できるように、と教育されてきた。
今日はどのくらいの時間で終わるのだろう。事情の声が聞こえない部屋でよかった、などと思ってしまう。
終われば連絡をくれる。それをオレはただ、主人の帰りを待つ犬の如く、待ってるだけだ。
ほどなくして、ドアノブを引く控えめな音が聞こえた。
ぴんと耳を立てて寝床から、扉の方を見る。長い髪をひとつも結っていないジャミルが後ろ手に扉を閉めて、こちらへと静かに近づてきた。
「ジャミル…?あっ…」
夫人は、と声をかける暇もなく両腕が抱きしめてくる。鼻を掠めるのは、オレが準備した香りだ。
さっきまで夫人と抱き合っていたはずのその手が背中から首筋を優しく撫でてくる。
―咽返るほどの、香りがする。あの部屋の。
ジャミルの指が顎先と唇に触れたとき、オレはその手を咄嗟に掴んだ。
「や……!」
このまま口づけをされるのも抱きしめられるのも、嫌だ。声に出してしまったが最後、ジャミルはその瞳をじっと細めて、見据えた。
何も言わないが、どうして、と物語るその表情に躊躇してしまう。でも、ダメだ、と思考する。
「その香りが、嫌だ、なんて…」
思いたくない。仕えてる主人の奥方の好んでいる匂いが嫌などと。それを口にすることで、従者失格なのも十分わかってる。
それでも、嫌、という気持ちを知ってほしかった。オレは、ジャミルから目を背けた。やっぱり忠実な犬にはなれない。
「カリム」
夜の闇に紛れた主人の声音が聞こえる。背けた顔を向き直させるように顎を柔く掴まれた。
また、目が合ってしまった。逃げられない。
「俺を、拒むな」
それは命令か?と、聞く前に、唇は塞がれた。
***
「ねえ、宝石が欲しいわ。この世界で一等美しく、輝く宝石が…」
____next time
もうすこしがんばりましょう
場所は、賢者の島の中部に位置する。
RSAとの遠征試合の帰路の途中で、学生の間で美味いと噂のラーメン屋に立ち寄り、腹が膨れ満足したところで、隣にある場所が目に入る。
足を踏み入れると様々な音が入り混じる屋内で、ひときわギラギラと輝く機械。
近づくと、大量の人形やぬいぐるみがケースの中に入っていた。
「ジャミル先輩、クレーンゲーム初めてっすか?」
「あ、ウミヘビくんとラッコちゃんのあるよぉ~」
エースとフロイドに促されて覗き込んだ先には瓜二つというわけではないが、数十個の小ぶりのぬいぐるみがケース内に納まっていた。
装飾品や表情は小さいながらに誰かさんに非常によく似ている。
「これは…どうやるんだ?」
「ここにコイン入れて、ボタン押して、っと…」
エースがチープなボタンを押すと、ケース内のアームが縦と横に動いた。指を放すと、ぬいぐるみの山に突っ込んでいく。
何も掴まれないままアームは引き上げられてあっけなく元の位置に戻って来た。
「ってな感じですね~」
「ウミヘビくんもやってみたら?」
「いや、俺は…」
「あはは、下手そうだもんね。ウミヘビくん」
「…………」
「お、やる気出ました?」
フロイドの言葉に苛立ったわけではない、断じて。このアジーム家の次期当主の従者である俺がクレーンゲームひとつできないとあってはアジームの名に恥じるということだ。
すぐさま財布から100マドルのコインと取り出し、投入口に居れる。
こんなものは簡単だ。アームで引っ掻けて落とすだけだろう。
俺と誰かさんによく似たぬいぐるみをケース越しに眺めて、右を指差すマークが光る、チープなボタンを押す。
指を放すと、アームはさっきと同じく、ぬいぐるみの山に突っ込んだ。そして引き上げられた光景に3人して思わず目を見開く。
「「「あ」」」
銀色のアームは、ふたつのぬいぐるみを器用にも、一度で引き上げる。落とすこともなくアームに抱えられたぬいぐるみたちは筒状の出口へと向かい、
取り出し口に落とされた。
屈んで取って見ると、俺と、にっこりと笑う誰かさんによく似たふたつのぬいぐるみが折り重なっていた。
「すげ~ね!」
「ふたつ取りってなかなかないっスよ!」
「これは何が楽しいんだ?」
「それ、言っちゃいます?」
小さな紐部分を持つと、ぷらんと揺れるぬいぐるみ。
こんなものを取って喜ぶ年齢でもない。それにしても俺のこの、きりっとした眉と口角と表情のぬいぐるみに比べて、誰かさんはこちらの気が抜けてしまうような腑抜けた笑顔をしている。
「カリム先輩にあげたら喜びそうっすね~なんて」
-
***
『皆さんの頑張りはよ~く見ていましたよ!いや~、素晴らしかったです!お客さんも大盛況で!それでですね…』
つい先日学園内で行われたVDCは大反響で終えた。
残念ながら、俺とカリムの所属するチームは準優勝という結果に終わってしまったが、それでも忖度を気にせずにダンスや歌唱が許されたというだけあって、心の中にあった蟠りが少しずつ解けていく感覚はあった。
文化祭内での催しが想像以上に評判が良かったのか、大会に参加したメンバーを模したぬいぐるみやグッズの企画案が挙がっていると学園長に知らされたときは、思わずアジームの許可はと食い気味に詰めたが、むしろ旦那様は大歓迎、必要ならば出資まですると言ってのけたほどだ。
その企画に上がったぬいぐるみとやらが巷にあるゲームセンターとやらのクレーンゲームの中に並び、ヴィル先輩のファンを始めとした客層が挙ってゲームにハマっているらしい…とエースにマジカメのスクショを見せられ、試合終わりに寄る羽目になったのだ。
大方、主に女子で占められているファン層を狙って、少しの下心があったエースに都合よく連れて来られたとも言う。
掌に納まりの良いぬいぐるみ。寮に戻って来てから談話室でさてこいつらをどうしようかと思考しているとどこからともなくぱたぱたと走る音が聞こえ、それは背中にぴたりとくっ付いてきた。
「ジャミル!おかえりっ!」
「っ…!急に抱き着いてくるな!びっくりするだろ!」
「すまんすまん!」
なははっ!とひとしきり笑ったカリムは俺の手元にあるものを見つけてきょとんと小首を傾げる。
「おっ、なんだこれ?」
「これが学園長が言ってたグッズ、ってやつだよ」
「文化祭の?」
「そう。遠征帰りに立ち寄った」
「へえ~!オレとジャミルにそっくりだな!すげー、よくできてる!」
ぬいぐるみをカリムに渡してみると、きらきらと輝く瞳で見つめていた。
…ふと、エースの言葉を思い出す。
「そんなに欲しいならやるよ」
「へっ?」
…あ、しまった。
と思ったころにはもう遅く、自然と放った言葉にカリムはあんぐりと口を開けてこちらを見た。これが腑抜けた顔だ。
互いに17歳になる年だ。さすがにぬいぐるみをもらって喜ぶ年齢でもない。
「カリム、今のはー」
今のは間違い、気の迷いだと、訂正をするつもりがぬいぐるみごと掌をぎゅっと握られた。
「オレ、一生大事にするな!」
「え?あ、ああ。うん」
「ありがとう…すげえうれしい…」
昔話で聞かされた姫様のように、コソ泥が摘んできた花飾りひとつで喜ぶみたいに、たかがぬいぐるみのひとつやふたつに頬を寄せ、カリムは目尻を下げる。
「……」
「ん?なんだ?」
思わずその頬に手を当てると、カリムはこてんと顔を傾げる。
『カリム先輩ってラーメンを食ったこともなけりゃ、ゲーセンもカラオケも行ったことないでしょ?』
『俺らみたいに~、寄り道なんてしないんじゃない?』
「…お前の」
「?」
「食べたいものは俺が作るし、景品のぬいぐるみもくれてやるし、放っておけばお前は1人で呑気に歌ってるだろ?」
「ひゃみう、なんのはなひら」
「フッ」
両手でふにふにと両頬を弄ぶと、カリムは制止するように俺の手首を掴む。俺に甘やかされて蕩けたような柔らかい頬は案外触り心地が良い。俺にはそれを楽しむ権利が少しぐらいあってもいいだろうと思う。
「お前は外に行きたいと思うか?」
「ん?そと?」
ひとしきり頬の柔らかさを堪能したあとに、手を放してやるとカリムは夕陽の差し込む窓の方向へ顔を向ける。
「明日も天気良さそうだもんな!あ、そうだ!明日は弁当を持ってみんなでピクニックでもするか!?」
明日は休日だし!と、にこにことした顔が夕陽に照らされる。
「90点だな」
「へっ」
「質問に対する答えだ。まあ、上出来だ」
「?」
「でも弁当ってなんだよ。誰が作ると思ってるんだ」
「いでっ!」
形の良い額を人差し指で弾いてやると、カリムは大げさな声を出す。俺が弁当を用意するだろうと期待した眼差しは、夕陽を浴びてきらきらと光り輝く。
それを見ていると、悪い気はあまりしなくなってきた。
***
『オレとジャミルにそっくり!#VDCのグッズ!#ぬいぐるみ#よくできてるぜ!』
更衣室で制服に着替えながら、新着投稿を知らせる音に誘われてマジカメアプリを起動する。
軽音部のアカウントはカリムと昨日渡したばかりの二匹のぬいぐるみの写真を載せていた。軽音部のメンバーが、ウインクをするカリムの両頬にぴたりとぬいぐるみを寄せている。正直、名門校に通う男子高校生とは思えぬ雰囲気が、この部内には漂っている。
「……99点だな」
「あ!昨日のじゃないスか?やっぱカリム先輩にあげたんすね」
「……後ろから覗き込むなんて感心しないぞ」
先ほどまで1年生用の練習メニューをこなしていたはずの後輩に振り返り、じとりと睨む。
「そう言わないでくださいって!あ、お詫びにカップラーメン食います?」
「…?」
ちょうどできたところなんですよ~と、エースは箸と手に何か持っていた。よく見ると、他の部員たちも同じようなものを手にしている。
発泡スチロールにロゴの入った容器の蓋を外すと、湯気と共に匂いが立ち込めた。
中身を見せられて、確かに、麺に近い何かと、薬味に近い何かが入っている。
「なんだ?これ……」
「えっ?!知らないんすか?」
「湯切りはどうするんだ」
「…なんていうか、ええっと…ジャミル先輩も箱入り、っスよね…」
「は?」
「あ~、なんでもないっす。フロイド先輩にあげよ~っと」
Timeless(前編)
「ジャミル先輩、調子悪いんすか?」
投げたボールは、的を大きく外れ、床にバウンドして落ちた。時間切れ。ちょっとした練習試合は単純なミスで終わった。汗を拭いていると、後輩のエースはジャミルの横にすっと座り顔を覗き込む。いつも涼しい顔をしている先輩だと思っていたが、今日は妙に、表情が暗い。
珍しく、ミスも多い。パスまでは相変わらず上手いのに。
顔と体の向きとは真逆に繰り出すフェイクパスは、敵味方関係なく相変わらず圧倒された。だが、パスを受けて、ゴールまで目指す瞬間。これに関しては、その日の調子で変わることが多い。今日は先輩のダメな日だな、と返事のない横顔を見る。そして視線を上にあげると、黄色い歓声の中にいるはずの人の姿が見えなかった。
あれ、またか。失礼だといつも突っ込まれる言葉を、エースは容赦なく吐いた。
「まーた別れたんすか?」
「そうだよ」
ハッ、と乾いた笑いで返す。何回目だろうか、と、エースは思った。エースが入部してからというもの、この副キャプテンは女性関係の噂が絶えない。今日の黄色い声援の中には、一体何人の次の彼女が隠されているのかと、部員たちの中で暇つぶしという名の賭けにすらされていることは本人も知ってる。来るもの拒まず、去る者負わず、の性格のせいか。彼女のルーテインが早い。今回は。
「一カ月っすか?みじかっ」
「持ったほうだろう」
「ひえ~…。俺ならもっと大事にするし」
「言ってろ」
「で?敗因は?」
「…映画。」
「え、まさか。あれ見たんすか。復讐のやつ」
「ああ。途中までは面白かったぞ。男が身を挺して老人を守ってたところとか・・・」
「そんなの、よく女子と見に行きましたね・・・チョイスミスじゃないっすか」
デートで見に行くもんじゃないっすよ、と、後輩に諭され、ジャミルは罰の悪そうにタオルで首筋を拭った。
先週の土曜日だったか。翌日の昼には別れたいと一文のメールで関係が終わった。映画の前後も正直何を喋っていたか覚えていない。当たり障りのない、つまらない話だったのだろう。次のテストの話、教師、女友達の愚痴、家族の話。ノリが悪いというわけではない。ただ、興味のない人間と積極的に会話をする気になれないだけだ。
それを言うと、「じゃあ告白断ればいいじゃないっすか。ジャミル先輩ばっかりズルイっすよ」と、後輩に言われた。正直断るのも面倒になる時期もある。結局誠実じゃないだとかなんだとかで振られることが多い。受け身でいると別れる時に楽だと気づいた頃には来るもの拒まずの術を身に着けてしまった。
「別れたことより、映画の内容だ。途中までは面白かった、最後が、ダメだ。休日に見るもんじゃなかったな。」
「不調はそれが理由っすか?」
「それ以外にあるか?」
「わかんねーわー」
つかの間の休憩時間。次は成功させる。ジャミルは立ち上がった。
顔に汗が張り付いて気持ちが悪い。途中、替えの新しいタオルを更衣室のロッカーから出して、体育館外の水場へ向かう。屋内も外屋外もどこもかしこも暑苦しい。ジャミルのお気に入りの場所は校庭にある大きなケヤキの木の下だ。夏は風が密かに吹いていて、涼しい。水場も、ここだけ新しく作り直されている。蛇口を捻ると冷たい水が流れる。両手で受け止めて、ぱしゃりと顔を洗った。
ふ、と息をついて顔を上げ、もう一度と、視線を落とすと赤い筋が流れてきた。
「えっ?」
ぎょっとする。水に混じった赤。血だ。驚いて、片手で口元を抑える。何もついてない。どこから?怪我をしたのか?
きょろりと、見渡すと、水場の端から流れてきてたその正体が分かった。
「あ…」
白銀の毛髪に、紅い瞳。しゃらんと鳴り輝る、耳元の飾り。
一瞬だけその空間の時が止まったようだった。
見慣れない男子生徒は驚いた声を隠すように口元をシルクのハンカチで覆っている。微かに、血がついているのが見て取れた。男子生徒は、蛇口をきゅっと捻って水を止める。蛇口に伸ばされた細い腕や手首が、随分と頼りなく見えた。
「わ、悪い。びっくりさせちまった」
「…いや」
何をやってるんだ。
無理矢理に笑い顔を見せられて、ジャミルは問い詰める言葉を飲み込んだ。男子生徒は唇の端が切れているのか、薄い口唇に微かな赤が濡れて光って見えた。
「本当、ごめんな。」
「あっ、おい…」
口元を見るジャミルの視線に気づいたのか、再びハンカチでさっと隠すと男子生徒は背を向け走り去っていった。
創膏はいらないのかとか、クリームを塗らないと余計に唇が荒れてしまう、とか。
一瞬で咄嗟の出来事のように、いろいろなシーンが脳内に駆け巡った気がする。
「…なんだよ」
なぜか、手持無沙汰になってしまった手を引っ込めて、頭を掻く。ジャミルは眉間を寄せて暑い空を見上げた。
***
「ジャミル・バイパーくんを推薦ということで決定しました。」
ホワイトボードにある名前に、クラス内で承認の返事である拍手音が響き渡る。
教師に名前を呼ばれてその場で立つと、「頑張れよ」と、『生徒会長候補演説』と記された資料を手渡された。4年制であるこの学園では次年度で3年次に上がる直前のこの夏の時期に、2学年生の各クラスから生徒会長候補を選ぶ規則がある。
期待が半分、不安は少々。
成り行きで選ばれたものだが、きっと自分ならやれるだろう。ジャミルが資料を捲りながら席に着くと、終了の鐘が鳴った。
「さすがだな、ジャミルー!頑張れよ~」
「他人事だな…」
「そんなことねえって!」
「応援してるぜ~」
「バイパーくんなら本当に生徒会長になれるんじゃない?」
「はあ…」
帰り支度を始めるクラスメイトたちに次々と軽口を叩かれ、ため息を吐く。興味がないわけではない。ただ、これから原稿を作っていくのは少々難儀だなとは思う。今月は期末試験も他校との練習試合も控えているのだ。
「あっ!」
突然、女子生徒が声を上げる。それを合図にするかのように、数人の女子生徒が窓側に群がってきた。なんだ?と、ジャミルを始め、男子達も一緒になって覗く。
正門前に、1人の男が立っていた。かなりの長身で、真夏だというのに黒のスーツを着こなし、おまけに白の手袋まで着けている。男は行儀よく真っすぐと立ち、淑やかに両手重ねニコリとした笑みを浮かべていた。
「超レア!」
女子生徒が黄色い声を上げる。
「はあ?何が?」
男子生徒達は小首を傾げた。
「滅多に見られないんだよね~!かっこよくない?あの人」
「ていうか、あんな人が迎えに来てくれるってヤバくない?テンション上がるわ~」
「そうそう、目の保養!」
きゃっきゃと、ハートを飛ばしながら盛り上がる女子生徒に、「あっ、そう。」と冷めた返事を返すのは男子生徒達だ。呑気でいいよな、と、ジャミルも面白くなさそうな顔をする男子生徒に混ざって男を見る。
すると、男の元へ、一人の生徒が駆け寄っているのが見えて、思わず目を凝らした。
ふわりとした白銀の頭に、褐色の肌。細い手足首。かなり華奢な身体付きをした。
あれ、は。
「あれ、アジームじゃね?」
1人の男子生徒が呟く。
「あっちも超レアじゃん。今日は登校してたんだ?」
「あ、やっぱりアジームのお抱え運転手?執事?」
「いいなあ~あんな人が執事だなんて」
うっとりと男を見つめる女子生徒達。気を取られないように、ジャミルはアジームと呼ばれた男子生徒を凝視する。きらきらとした黄金のピアスを揺らして、男に笑いかけている。男は、自分より小柄なアジームの歩幅に合わせて、ゆっくりと車道側を歩いてみせる。正門を出た二人は角を曲がりやがて姿が見えなくなった。
注目の人物がいなくなったことで、窓側に張り付いていたギャラリーが散る。
「うおっ、なんだよ」
ジャミルは、その中の一人の男子生徒の腕を捕まえた。
「さっきの。アジームって、あのアジームか?」
「まあ、噂だけどなあ。アジームの御曹司がここに通ってるって。」
この国で『アジーム』を知らない者はほとんどいない。有名な大富豪の名だった。
進学名門校と言われる学園に通っているとしても不思議ではないが、ジャミルは入学してから、そもそも、あの男子生徒を間近で見たことがなかった。あの水場で見かけた、以外に。
「金持ちの特権ってやつ?ほとんど通ってないらしいぜ。幽霊生徒ってか。いいよなあ、それでもお咎めなしだもん」
「お抱えの運転手がいるぐらいなら、お抱えの家庭教師もいるんだろうし、困らないもんねえ」
「テスト前になったら登校してるらしいぜ、同じクラスの奴が言ってた」
「にしても、大富豪の御曹司ってわりに目立たねえよな。俺名前知らねえもん」
「名前、なんて言ったかなー」
うーんと、腕を組み悩む男子生徒に、むず痒い気持ちになる。
知ってる気がするのに、声に出せない。なぜ、自分でもそう思うのか、ジャミル自身も分からなかった。
「そう、たしか、名前は――」
***
呻く暇もなく、頬を打たれる。
カリムがその場に蹲ると、背中を足で蹴られた。
「ほんとつまんねえなあ」
「で、金は?」
髪の毛を掴まれて、顔を上げられる。その痛さに一瞬目を細めるが、カリムはすぐに口を開いた。
「昨日も言ったろ?オレは財布を持ち歩いていないんだ。」
にこりと笑って見せたことが癇に障ったらしい。男は拳を振り上げて再びカリムの頬を殴った。まだ塞がれていない傷口が開き、唇から血がごほりと出る。
手の甲で雑に拭うと、カリムは立ち上がって男を睨んだ。
「顔はやめてくれって言ったよな。とーちゃんに説明するのが大変なんだ」
「ナメた口聞いてんじゃねーよ、坊ちゃんが」
胸倉を掴まれて、掲げられた拳に目を瞑ると次は反対の頬を殴られカリムの身体はふらりと横に揺れた。倒れそうになったところでなんとか壁に手を着く。
その弱弱しく見える態度に満足したのか、男はカリムに向かって唾を吐くと去っていった。汚れたボトムの裾を手で軽く叩き、すう、と、ため息を吐く。
一度や二度ではない。学園でどんな立場に置かれているのかカリムは十分に理解をしていた。最近、2年次生になってから見えてきたのは、あからさまな、嫌がらせ。
ほとんどの授業に出ないのに、学園側から咎められない、大金持ちの一人息子。なら金の無心をしてやる、と。それを断ると、気に入らないのか殴られることが頻繁になってきた。進学校と言えどもこういう輩は昔から居た。誘拐や毒を盛らないだけ今世はマシなほうだと、思う。守らなければいけない兄弟だっていないので自分だけが耐えればいいだけのことだ。ただ耐えて、目立たないように、入学式で見かけたあいつに近づかないように、それでひっそりと生きていこうと思っていた。
学園に通うなら、実家の居場所を知られたくはない。目立つことはしたくないと主張した自分を、前世を知る父親は、快く承諾して自由を与えてくれた。執事を添えての生活を条件に用意されたマンションで暮らすことに、だいぶ慣れてきた方だと思う。
今日もきゅっ、と水場の蛇口を捻る。切れた唇と、頬の腫れを少しでも冷やそうと洗い流し、ポケットの中を探る。
「あ、あれ?」
いつも執事が準備してくれていてるはずのハンカチがない。部屋に忘れてきたのか?両方のポケットをごそっと探ってはみるものの出てこない。あとは、鞄。鍵を外して中を見る。やっぱりない。これも嫌がらせの一種か、自分の忘れ癖のせいなのか。俯いていると、足元にぽたぽたと水滴が地面に落ちる。地面には、蝉の抜け殻もあった。
今日も暑いな。まあ、いつか乾くだろうぼんやり思っていると。
「おい」
頭上で声がする。ぱっと顔を上げると、ノースリーブの赤いフードを着た男子生徒が、手にしていた白いタオルをすっとカリムに差し出してきた。
「えっ…?」
「ハンカチ、ないんだろう」
ぶっきらぼうに答えて、顔を逸らす。右側に垂らしている漆黒の前髪は表情を隠していた。受け取れ、と言わんばかりにタオルを押し付けられるが、カリムは躊躇する。
新品に近いタオルだ。使われた形跡がない。こんなに綺麗な白を汚してしまうのはさすがに悪い。洗ったばかりの口元の傷口からまた少し、たらりと血が流れる。鉄の味がする。思わず手の甲で拭っていると、はっと気づいた男子生徒は、眉間に皺を寄せてタオルをカリムの顔面に押し付けた。
「わ、っぷ!」
「手で擦るな!余計汚れるだろう!」
「ご、ごめ…」
「絆創膏、持ってないのか」
「うん…。でも放っておいたら瘡蓋になるからさ、大丈夫だ!」
タオルをずらし、にこりと笑って見せると、男子生徒はあからさまに嫌な顔を見せた。
「俺も今、絆創膏の持ち合わせがない。…とりあえずそれ、やるから。」
ふいと、顔を逸らされる。カリムは顔を振った。
「だめだ!そんなの、悪いよ。洗って、必ず返すから。…ありがとう、バイパー。」
タオルにタグに書かれてある文字を見つけて恐る恐る声に出すと、男子生徒はカリムに向き直った。
「…ジャミルで良い。」
どくん、と心臓の音が大きく聞こえたような気がした。カリムは目を見開いて、ぎゅっとタオルを握りしめた。
「その呼び方、あまり好きじゃないんだ。…お前、名前は?」
記憶の中の過去と重なる。学園を去る時に見たジャミルの表情は悔しそうで、やり切れさなさも感じた。あの時と似ている。
カリムは覚悟を決めて口を開いた。
「…オレは、カリム・アルアジーム。」
***
「ここも、間違ってる。この間教えたばかりですよ。」
「ごめん…」
はあ、と、机に突っ伏すカリムの横で、アズールは採点を終えた答案用紙をカリムに見せた。赤ペンで跳ねられた箇所の多いそれをみて、カリムはしゅんと、肩を落とす。アズールとの個人授業は週に4回、自宅で行われる。カリムの通う学園の教師として、また、アジームに雇われた家庭教師として仕事をこなすアズールとは過ごす時間が比較的多い。見合った報酬さえ払えば、カリムの良き話し相手にもなってくれるアズールは過去の姿とさほど変わらなかった。
コン、と、自室をノックする音が聞こえる。はあい、と間延びした返事をカリムが返すと、奥からティーセットを持った執事の姿が見えた。
「カリムさん、アズール。お茶が入りました。休憩にしましょうか」
「やった!」
「まだ今日のノルマは終わってませんが…まあ、いいでしょう」
にこりと笑うカリムに、執事のジェイドも微笑み返すと持ってきたプレートを置き、2人の前にカップを並べた。ポットから紅茶を注ぎ、カリムの飲むカップには砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。相変わらず、信じられない量を入れるものだと、アズールはうっ、と眉間に皺を寄せた。砂糖を入れ終え、安心したように紅茶を口にするカリムを見て、ジェイドはそういえばと伏し目がちに言葉を紡ぐ。
「ジャミルさんにお会いしました?」
ごくん、ごほっ、がほっ。
ジェイドの言葉に驚いたカリムは咽る咳を落ち着かせるために、なんとかゆっくりと呼吸を繰り返す。大きく息を吐いたあと涙目でジェイドを見上げた。
なんで、どうして。そう訴える瞳に、ジェイドはおや、と首を傾げる。
「しっかりと、お名前が記載されておりましたので…。」
「あ、あれは!自分で洗おうと思って置いてたのに!」
「きちんと洗って、しまってありますから。確認しておいてくださいね」
「う、うん…ありがとう、ジェイド…」
洗濯籠の付近に折りたたんで置いてあったはずのそれは、執事兼世話係の彼の手に渡ってしまっていたらしい。顔を真っ赤にして慌てふためいたあと、しゅんと肩を落とすカリムの様子を眺めて、アズールは砂糖の入っていない紅茶を口にする。
「オレ、ジャミルに近づくつもりなんて全然なかったんだけど…あいつ、優しいから…タオルを貸してくれて、それで…。」
「優しい?先日、女生徒が振られたと嘆いていましたが。」
アズールは優秀な教師だ。カリムは学園の様子のほとんどは、アズールの口から教えられることが多かった。
この世界で生きるジャミルは、どうやら、成績優秀で人望があり、クラス、いや、学園中の人気の的となっている。バスケ部に所属していて、運動神経も抜群。2年に上がってすぐに副キャプテンになったらしい。文武両道、容姿端麗と来れば、当然、女生徒に言い寄られることも多い。彼女の噂は常にたえないらしい。先日まで付き合っていたのはアズールの担当するクラスにいる女生徒だった。これで、聞いた噂の数は指折り数えると10人を超えた。
「優しければ、そう簡単に恋人を手放さないでしょうに。」
アズールはティーカップを置き、答案用紙の採点に戻る。たしかに言うとおり、ジャミルは一人の女子生徒と長くは続かないタイプだった。最長は1か月、2カ月程度。アズール曰く、別れるほとんどの理由がジャミルから女性を振るというもので、最初、聞いた時は驚いた。
ジャミルは異性に対して一途なタイプだと勝手に思い込んでいた節があった。何事も妥協を許さない、ハマったらとことん突き詰めていく。料理も、従者としての訓練もも手を抜いたことがない。勉強だってそうだ。前世で学園に居た頃、カリムに遠慮して発揮できなかった分、いまでは隠すこともなく常に成績優秀者として名を連ねている。こんなジャミルだからこそ、好きになった相手には、完璧に、一途に想ったりしてくれるんだろうと想像して胸の奥がちくりと傷んだ夜もあった。簡単に女性を振るなんて姿はあまり想像がつかない。自分が女性だったらと思うと、くん、と喉の奥が締め付けられたような感覚になりそうだ。
『大嫌い』だと言われたときと同じように、振ったりしているんだろうか。
だめだ、と頭を振る。いまの世界に、ジャミルの側に自分がいることを想像してはだめだ。ジャミルはアジームもバイパーも、何の足枷もなく、自由に生きるべきだなのだから。あの時だってそう思って手放したのに。
カリム・アルアジームは、苦労知らず、世間知らずの大金持ちのお坊ちゃん。生まれつき身体が弱く、執事と護衛なしでは生活ができない。学校にはほとんど通えていない。出会うことで利害が一致するようなメリットなんてない。
カリムは赤でバツ印を付けられている答案用紙に向き合った。
「迂闊だったよ、オレ。失敗ばかりだな。」
もう会わないようにしないと。
言うと、アズールは肘をついて、参考書を開いた。
「失敗は成功の元、と言いますけどね。お父様から多額の報酬をいただいておりますから、しっかり点数を取ってくださいね」
「おうっ!…って、いたっ…」
「カリムさん」
切れた唇の痛みに眉間を寄せると、ジェイドはカリムの顔を覗き込んだ。瘡蓋になるはずのそこからはまたぷっくりとした小さな血の玉ができていた。また傷が増えたな、と思いジェイドはため息を吐く。
「…目立ちたくないから手を出さないでくれという契約ですけど、あまり傷が増えてしまうとカリムさんのお父様に叱られてしまうのは雇われの身の僕ですよ?」
「ついでに、僕も監督不行き届きとして呼び出されるでしょうね」
「ははっ、すまん!卒業までの辛抱だからさ。顔はやめてくれって言ってんだけどなあ」
目尻と眉を下げて笑い顔を作る。幼馴染の人生を優先するために、かかる火の粉は自身で耐えると一度決めた主の決意は頑なだった。いっそ哀れにも映るその笑う瞳に、アズールとジェイドは前世の彼を思い出し顔を見合わせると同時にため息を吐いた。
―翌朝。
正門前に車が停められる。ジェイドはサイドギアを引くと、後部座席に座るカリムに紙袋を手渡した。身は洗い立ての真っ白なタオルだ。上質な柔軟剤を含ませたそれは、カリムの制服と同じく少し甘めの匂いが鼻を掠めた。
「ありがとう、ジェイド」
持ち手を握って礼を言うと、ジェイドはすっと目を細めた。
「…カリムさん。事を荒立てたくないから助けを求めない姿勢は素晴らしいですが、その美徳はいつか貴方の身を滅ぼすかもしれませんよ」
きゅっと唇を閉じて、紙袋を握る手に力を籠めてしまう。カリムはジェイドの表情を覗うように瞳で見上げた。
「ジェイド、怒ってる…のか?」
「そう見えるなら、そうかもしれません。いってらっしゃい、カリムさん。」
優秀な執事は、作り笑顔でカリムを送り出す。
正門をくぐり振り返る。いつもは手を振るはずが、ジェイドは姿勢良く立ち両手を前にそろえたまま微動だにしなかった。カリムは気まずさを感じ、目を伏せてとぼとぼと校内へ向かった。
朝の予鈴が鳴るまであと何分か腕時計で確認する。
「カリムくん?」
ジャミルの居る教室に向かう途中、後ろからかけられた声に振り返る。
金色のふわりとした髪が窓から差し込む風に揺れる。カリムはぱっと表情を変えた。
「ラギー!?」
「やっぱり、カリムくんだ。噂には聞いてたんスけどここに通ってるって」
「ラギーも、入学してたんだな!知らなかったぜ、久しぶりだなあ!」
「わっ、ちょっとっ、」
両手をぎゅっと握り、ぶんっと上下に振る。ミドルスクールが同じだったラギーと再会できるとは!と、カリムはうれしさに顔を綻ばせた。握られた手首を見て、ラギーは首を傾げる。
「ちょっと痩せた?」
「え?そうかなあ…飯はちゃんと食ってるぜ!ジェイドの飯は旨いぞ、よかったらラギーも今度うちに食いにこいよ!そうだ、レオナもジャックも呼んで、パーティーをしてもいいな!」」
「え、まじっスか!?ぜひ行かせてくださいっス!」
「じゃあ、―」
「邪魔だ」
いつにしようか、と、続けるつもりだった。
突然聞こえた声の主は、カリムを不機嫌に睨んでいた。教室の入り口で話し込んでいたせいだ。ラギーはげっと顔を顰めると、カリムと距離を取った。
「ごめん、ジャミルくん。俺は何もしてねえっスからね!それじゃあね、カリムくん」
「え?あ…うん、ラギー…。またな。」
「……」
両手をぱっと上げて見せて、ラギーはその場を去った。
声の主に振り向くと、むすっとしている。邪魔だって気づかなかった。早く謝らないと。それに、当初の目的もある。
「ご、ごめんな、ジャミル。これを返しに来たんだ。ありがとう!本当に助かった!」
両手で持ち手を握って、ジャミルの目の前に差し出してみると不機嫌そうな顔はそのままに片手で受け取られる。
「こんなに大層な袋に入れなくたっていい。袋は返すよ」
「えっ…あ、そ、そうか。ごめんな。邪魔だもんな」
タオルを取り出して、空の紙袋を突き返される。
ジャミルは目を合わせることなく、教室の中へと入る。
声を掛けようにも、何も良い言葉が浮かばない。空の紙袋を手に持って俯くと、カリムも自身のクラスの方向へと戻っていった。
ぴたりと歩みを止めて、振り返るが姿はもう見えない。
オアシスの果て(R18)
「寮長のすきな食べ物ってなんですか?」
「へっ?」
休日の昼下がりの談話室。
来月に控える試験に向けて皆で勉強会をしている最中だった。寮生の突然の問いかけに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「カレー以外ならなんでも好きだぞ!この間に食べた茄子の、え~っと」
「ムナッザラ」
「そう、それだ!あれも好きだぞ!」
なんだったか、と思考しているときに後ろからティーカップがすっと差し出された。甘い紅茶の香りが漂う。今日はフルーツティーかな。
「休憩の時間だ。あまり根を詰めすぎるのもよくない」
ジャミルは、ティーポットから茶をカップに注ぎ、寮生たちに渡していく。午前中から始まった勉強会も気づくともう正午が近い。あと数十分もすれば昼ご飯の時間だ。
「火傷するなよ」
「おうっ!ありがとな、ジャミル!」
寮生分のカップを配り終えると最後にジャミルはオレに紅茶を注いだばかりのカップを手渡してきた。最初に注がれた時より、茶の温度は少し低めのはずなのにいつも火傷の心配をしてくれる。オレはそれを両手でしっかりと受け取り、ふぅ、と息を吐き紅茶を冷ます。そして、甘いお茶を飲み込み、舌と喉で堪能するんだ。それを傍から見ていた寮生がふと口を開く。
「りょ、寮長。ムナッザラ以外に好きな食べものってあります?」
「飲み物でもいいんですけど」
最初に尋ねてきた寮生のあとに何人かの寮生がそわそわとした状態でオレとジャミルを囲んだ。
飲み物ならあるなと、ティーカップを置いて一息つく。
「飲み物なら、ココナッツジュースだな。あとは、ジャミルの作るものならなんでも好きだぞ!」
なっ!と、ジャミルに振り返ると、なぜか長いため息を吐かれてしまった。小首を傾げて寮生に向きなおすと、心なしか全員が気まずい様子で視線が彷徨っていた。
「あ~…。そ、そうですよね!副寮長の料理はなんでも美味しいですし…」
「?」
そもそも寮生たちはなんでオレの好きな食べ物を知りたいんだろう?
謎は解けないまま、休日の勉強会は正午を迎えた。
***
夜になって、ジャミルはオレの部屋にやってきた。
いつもの、寝る前の準備のためだ。ジャミルはよく寝付けるようにと、オレ好みに配合された温かいハーブティーを淹れてくれる。
注がれるそれを眺めていると、ジャミルはぽつりと呟いた。
「あれじゃ浮かばれないな」
「なんのことだ?」
「寮生たちのことだ。もっと具体的に言ってやれよ」
「昼間のことか?でもなんで皆、オレの好きな食べ物を知りたがってたんだ?」
「そこからかよ…」
また呆れたような顔をされる。鈍感なオレのために、ジャミルは壁にかけてあったカレンダーを指差した。
異国じゃ梅雨入りとされる季節だ。熱砂の国でもこの季節は雨が比較的多くて、不安定な天気にもなりやすい。1,2,3日、と、視線を辿っていると、あることに気付く。
「あ!」
下旬と言われる日付のあたり。そうだ、たしかにこの季節はよく『好きなもの』を聞かれることが多かった。声を上げると、少し意地悪そうにジャミルは笑う。
「あと数週間だ。寮生は準備に追われてるんだよ。オレも例外じゃない」
「そうだったのか!?でもそれ、オレに言っても大丈夫―んっ」
「お前が何も知らない振りをしていればいいだけの話だ」
しっ、と、幼子を諫めるようにジャミルはオレの唇に長い人差し指を当てた。
寮生たちとジャミルが、オレのために何やら秘密裏に動いてくれているらしい。思わず口角が上がってしまう緩い頬を、ジャミルがひと撫でする。
こんなにわかりやすい反応をしてしまうオレに、果たして自分の誕生日を知らない振りするなんてできるだろうか。
「楽しみに待ってるな!」
「はいはい」
にこりと笑って見せると指先がそっと離れる。そのジャミルの体温が、とても名残惜しいと思った。
―――
額からじわりと滲んだ汗が頬を伝う。
手の甲で拭って、そうだ!と、まだ幼い弟たちの方へと振り返った。
こんなにも暑いんだ。みんなで涼しいオアシスに行ってみよう!と提案すると弟たちはオレを不思議そうに見つめてきた。
近くにいたジャミルは小さくため息をつきながらも、大人達の許可を取りに行ってくれる。一番近くのオアシスなら構わない。従者と護衛を添えて、の条件付きだったけど、ジャミルとも一緒に行けることがうれしくて思わず抱き着いてしまうと、「暑苦しい」と少し怒られてしまった。
日傘を掲げ、小さな弟たちの手を引きながら数十分歩いた先に見えてきたのは、ヤシの木に囲まれたオアシスだ。
魔法技術が発展してきた熱砂の国は今や、魔法を使って人工的に造ることは可能だけど、上質な地下水を再現することは難しい。
目の前にあるオアシスはアジームが所有している土地の中でも貴重な場所として国の重要機関に保護されている。
こんなの思い付きで行けるなんて、お前ぐらいなもんだよ、と、隣に居たジャミルが独り言ちながら日傘を片付けていた。
あの頃のオレは、怪訝な顔をするジャミルにすら気づかないままはしゃぐ弟たちの中心でオアシスの水を全身に浴びて、ただ笑っていたいだけだった。
浅瀬の水を掬うと、両掌の中で無色透明の水が熱砂の太陽に照らされてきらきらと光る。そのまま飲み干すと、乾いていた喉が水で潤って気持ちが良い。
ジャミルもどうだ、と、振り返ると、従者家系の大人達に紛れてテントを張っていたりと忙しそうに見えた。
「兄さま」
「おっ?どうした?」
仕方ない、と思っていると1人の弟に手を引かれる。まだ小さな弟に、腰を落として視線を合わるとこっちこっちと手を引かれるまま歩いた。
草木を掻き分けて歩いてた先に見えたのは小さな泉だ。
水たまりというには大きく、オアシスと呼ぶには少し小さい。ヤシの木だけじゃなく草花に囲まれたその場所は、ジャミルが学校の友達とよく遊んでいると聞いたことのある秘密基地ってやつの話に近いかもしれない。
「すごいなあ、こんなところに泉があったなんて知らなかったぜ!」
「こっち」
「待てよ、急かすなって!」
浅瀬に足を踏み入れてる弟についていく。足を取られないように、弟のこともちゃんと見ておかないといけない。湖の中心まで来たが、膝下が少し埋まる程度だった。よかった、これなら他の兄弟たちも呼べる。
弟はにこりと笑い、オレに振り返った。
「でもここは、兄さまにしってほしくてきたんだ」
「オレに?」
「そう、だってここは…」
「!?」
瞬間。
弟に背中を押された。
両の足元がずるりと、沼に引き込まれた。慌てて手を伸ばすが、気づけば頭まですっぽりと湖の中に沈んでいく。全身でもがいてみるが、足元がびくとも動かせない。
それまで静かだった湖が嵐の夜のように、一気に波立つ。口から大量に出ていく酸素の気泡が視界を過る。
―くるしい、ちがう、それどころじゃない、弟は…!
一瞬だけ水面から顔を出せたと思ったら、すぐに底から伸びてきた何かが体中に巻き付いてきた。喉を締め付けられて、苦しい。
草木を掻き分けて進まないと見えてこない泉、大人達の許可がないと来られないオアシス。そして此処を知っているのは、3番目の弟、オレと母親は違う―。
「が、はっ…!」
全身から大量の水が溢れ出てるみたいだ。身体が重くて、瞼は開かない。
腕も手も首もぎちりと音を立てて巻き付き離さない水草の蔓は、オレの身体を容易く水面から空に打ち上げた。
無機質な生き物ではなく、人に近い意志を持って生まれる魔法植物の種類だ。
何かの逆鱗に触れてしまったのか。考えたくても、謝りたくても、苦しくて息をするのが精一杯だった。
何度か浅い呼吸を繰り返しつつ、ようやく視界が鮮明になる。
オアシスで涼んでいたはずの皆がそこに、集まっていた。
助けを呼んでくれたのかと、弟のほうを見やる途中で大人たちの手を振り切って泉に入ってこようとするジャミルの姿が見えた。
「カリム!」
「じゃ…み…」
蔓の先端に喉仏が押しつぶされ、手放しそうになる意識の中でオレはー。
「兄さまなんて、――――」
幼い弟の声を、耳にした。
―――
知らない振り、とはやはり難しい。
授業が終わり夕方近くになって、オアシスで宴をしませんか、と誘われて嬉しくないはずはない。もちろんだ!と答えると寮生たちは厨房の方へと向かう。
宴の準備をしてくれているんだ。オレも手伝うぞと声を掛ければ、それじゃあ意味がない、寮長は絨毯に乗っていてくださいと、宝物庫からぴゅんと飛び出してきた絨毯がオレの周りをふわりと囲んだ。
「絨毯?」
絨毯は何やら、衣服を運んできたようだ。なんの衣装だ?と覗き込んでいると、目の前がぱっと明るくなった。
いつの間にか黒いシャツ、白いジャケットに、誕生日を祝うメッセージ付きの襷が斜めに掛けられている。
後ろでは寮生がマジカルペンを翳していた。早き替えをさせる術でも知っているのかなんだか得意げに笑うから、オレも釣られて笑ってしまう。
絨毯はタッセルで手を引き、エスコートするようにその背にオレを乗せて、バルコニーからふわりと空中に浮かぶ。
一気に遠ざかるスカラビア寮を空から見下ろす。1人で行くのが不安ってわけじゃないけど、きょろきょろと辺りを見渡してしまう。
バルコニーから手を振る寮生たちに紛れる、ジャミルを見つけると、先にいってろと、口でジェスチャーをされた。
大きな風が吹くと同時に、絨毯はおめかしをしたオレを乗せて大空へと飛び出していく。
オアシスにはすぐにたどり着いた。ホリデーの時は訓練と称して皆で歩いて行っていたが、魔法の箒や絨毯を使えばあっという間だ。魔法文明の進化ってすごい。
丁寧にふわりと地上に降ろしてくれた絨毯に礼を言うと、絨毯はくるんとオレに巻き付き、タッセルで頬を擽り、ちょん、と矢印の形を作る。
なんだ?と、視線を上げて見るとオアシスの入り口付近には、寮にいたはずのジャミルや他の寮生たちが居た。
「あれ?おっ、絨毯、まてっ、落ち着けって!」
不思議に思っている暇もなく、オレの背中を絨毯がぐいぐいと押し出す。早く行けってことなんだろう。
入口から泉のある方まで歩くと、ヤシの木に花の飾りつけが施されいてることに気が付く。花の色はどれも、オレの好きな白色だ。
さすがにもう、知らない振りをなくてもいいかな、と少し笑っていると絨毯が慌ててオレの前を行く。
「ぶっ!」
そして急に立ち止まるものだから、オレの視界は絨毯でいっぱいになった。
「絨毯~?なんだ急に…」
顔を横にずらすとぱっと視界が明るくなった。
「寮長!お誕生日おめでとうございます~!」
突然の寮生の声に、両サイドからクラッカーの弾ける音。
揺れるヤシの木からカラフルな花吹雪が、花火を打ち上げたように舞う。泉と地の境目に引かれた布の絨毯には、金の皿に盛られたココナッツや果物、チキンをトマトで煮込んだものや、マスターシェフで何度も失敗したビリヤニ、数えきれない種類の料理が置かれていた。
あ、ムナッザラもある。
「みんな…」
寮生たちがジャミルが、オレの好きなものを考えて用意してくれた。オレは泣きそうになるのを我慢して、ぐっと襷を握りしめた。
「ありがとうな~!すっっげえ、うれしい!」
「わっ、寮長っ」
「こら、カリム」
「あ、悪い悪い!」
思わず寮生に抱き着いてしまうと、寮生の近くにいたジャミルに咎められる。こういうところが駄目なんだなと反省をしなきゃ。
熱砂の国の伝統的な模様が施されたテントの真下に座るように促され大人しく座っていると、寮生たちが次々と飯を運んでくれた。やっぱり手伝いたいと席を立とうものなら、「主役は大人しくしてろ」なんて、ジャミルに言われてしまう。
文字通り大人しくしていると、絨毯の端から端までが見ているだけで腹いっぱいになるほどの料理で埋め尽くされた。
「安心しろ。俺が監修した、『お前の好きな料理』だよ。―って、抱き着くな!ばか!」
「ジャミル~!だってオレ、うれしくって…!」
パセリのサラダに、ひよこ豆のコロッケ、この間に美味しいと言った記憶のあるものばかりが並べられている。寮生がオレの好きな食べ物を聞いてまで作ってくれたこと、オレの『好きな食べ物』を覚えていてくれたのはジャミルだ。たとえそれが従者の務めと言われようが、オレにとっては死ぬほど嬉しい。
腹も膨れたころに、お礼がしたい!と思い立った。
実家での宴の持て成しの際に披露していたものがある。そのために伝統舞踊を習っているし、踊ることは大好きなんだ。
泉の方まで歩いていき、太陽に向かって腕を伸ばす。
寮生たちとジャミルが見守る中、身体をくるりと一回転させた。浅瀬で小さな水飛沫が上がる。
師範には動きが少し雑っぽいとよく注意をされる動きだ。オレの舞は完璧ではないけれど、それでも全身でこの嬉しさと感謝を表したい。
今日はよく晴れていたから、夕陽の光が水飛沫を照らす。
舞い終わって、お辞儀をまで済ませると、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてくる。
「すごいです、寮長!」
「熱砂の舞、初めて見ました」
実家にいる弟たちと似た笑顔で、皆が笑う。
ああ、よかった。ちゃんとお礼になってたんだ。ほっと胸を撫で下ろした。
「俺も一緒に踊ってみたいです!」
「もちろんだ、一緒に踊ってみようぜ!」
寮生の手を取り、泉の中へと進む。
「ああっ、寮長、待ってくださ―」
「っ!?」
驚いたときにはもう遅く、足元から滑って寮生を巻き込んで泉の中へと落ちてしまった。幸い、腰の辺りまでしか水位がなく、溺れるってほどじゃなかったけど、せっかく用意してくれた白のジャケットも黒のインナーシャツも、下着の中までびしょ濡れだ。
「すみません、寮長!」
「いや、こっちこそスマン!大丈夫だったか!?」
「俺は大丈夫でー」
「おい」
「…ごめんなあ」
「まだ何も言ってないぞ」
「ぅわっ」
ジャミルの呆れた声が聞こえる。差し出された手を握って立ち上がってみるとばさりと頭にタオルがかけられて、がしがしと乱暴に擦られる。くすぐったくて気持ち良くて、少しこそばゆい。
「今日もうは御開きだ。風邪を引かれちゃ困るからな。皆もよくやった」
君も、と、一緒に泉に落ちてしまった寮生にもジャミルはタオルを差出す。
「後片づけは俺たちでしておきます」
「すまない。こいつを早く着替えさせないといけないしな」
「オレ、1人でも着替えられるぞ?」
「…そういうのは今はいいから」
ジャミルは時々、従者故なのか、オレのことを幼い弟たちみたいに扱うときがある。ぽんと、頭を撫でる。
「また寮でな!今日はありがとう~!」
「はい、寮長!」
帰りは、待ってましたと飛んできた絨毯にオレとジャミルで乗り込む。空から寮生たちに手を振ってオアシスを後にした。
***
シャワーを浴び終え、用意してくれたいつもの下着とサルエルパンツを履く。濡れた頭をタオルでがしがしと雑に拭きながら部屋に戻るとげっと、顔をしかめるジャミルが居た。
「シャワー終わったぞ!」
「…お前、頭はちゃんとタオルドライしろって言ってるだろ。毛先が傷む」
「ジャミルにしてほしくって」
「……甘えため…。貸せ」
「おうっ!」
素直にタオルを渡すと、程よい力強さでオレの頭をタオルごと包み込む。指がとても気持ち良い。その指の体温もちょうど良くって、ジャミルじゃないと駄目なんだろうなあとまた気づかされる。
「それで、どうだった?」
「おっ、宴のことか?ヤシの木の飾りつけは凄かったな!あの作業は一晩中かかったんじゃないか?泉を囲むず~っと向こう側まで花の輪が並んでて綺麗だった!食事もすげー量だったよな!そういえば一部の寮生がマスターシェフの授業取ってたらしいんだけど、それも関係あるか?スパイスと食材揃えるの大変だったろ!オレ好みの料理ってなると、ジャミルだって熱砂からスパイス取り寄せてくれてたりしたし、苦労したろ?
みんな、オレのために考えてくれたのは本当に嬉しかった。…嘘じゃないぜ?」
「……」
手がぴたりと止まる。見上げてみると眉間を寄せているジャミルの顔がそこにあった。いつもオレが何か間違えて、怒らせてしまう時のそれとは少し違う。
この表情は前にも見たことがある。
「……聞き方を変えようか。あのオアシスは、どうだった」
「えっ?」
「お前が踊って無理矢理に忘れようとしてる、あの日のオアシスと比べてどうだったかって聞いてるんだ」
「…ジャミル、オレ…」
「寮生に提案したのは俺だ」
カリム寮長の誕生日のために宴を催したいと相談を受けた。
料理は監修をお願いするとして、場所はどうしたらいいでしょうか。いつもの談話室や寮内では少し味気ない気がして。
そう言う寮生に、ホリデーで散々利用したオアシスはどうだと提案した。あそこは学園の管轄内にありながら、その権限のほとんどがスカラビア寮にある。広さも十分だし、派手に飾り立ててやればあいつも喜ぶだろう。食事のことは気にするな。最近までマスターシェフを専攻していた寮生を中心に作っていけば少し本格的なものにも挑戦できし、量も十分だ。
「そういえば、あの日もオレの誕生日…だったか?」
「白々しいじゃないか。覚えてるだろ」
「ジャミル、あんまり…意地悪なこと、言わないでくれないか…」
「意地悪?」
「あっ」
ジャミルに腰を抱かれる。さっきまで拭いてくれていた白いタオルがはらりと落ちた。耳元で呟かれた言葉に背筋がぞくりとした。
「お前は暑いからと言って俺に許可まで取らせて…オアシスに行ったろ。あの場所がなぜ厳重に管理されてるのかも知らずに」
「ジャミルは知ってたのか?」
「はっきりとは知らなかったよ。俺もまだ小さかったし…お前が……泉から浮き出てきた魔法植物に襲われているのをこの目で見るまではな」
ジャミルは、ゆっくりとオレを身体ごと抱きしめた。
海の底からぽつぽつと泡が浮き出てくるように、記憶が蘇ってくる。
アジームの実家はNRCと良く似た空調機能を採用している。妖精ではなくアジーム内で雇われている優秀な魔導士の手によって管理されている空調設備があった。それがある日、故障してしまった。
熱砂は一年中、どこの国よりも気温が高い。特にこの季節は地域によっては最も蒸し暑く感じてしまうこともある。空調設備が限定的な時間だけといえども故障したとなってはさすがに室内で過ごすにも限界があった。魔法の力を借りて冷風を送る、にしても多少の魔力は使ってしまう。オーバーブロットまでしては意味がない。
暑さにぐったりしている弟たちの手を引いて、近くのオアシスに向かった。
オアシスは見た目だけじゃなく、実際、足を踏み入れると木陰の場所は冷たい風が吹いて過ごしやすいからだ。
ただの思い付きだったけれど、皆が喜んでいるのなら来られてよかったと思った。
―だけど。
1人の弟に誘われ、草木を掻き分けて見付けたのは、泉に野放しにされた野生の魔法植物が棲む泉だった。
「魔物が叫ぶような音がした」
ジャミルは一旦身体を離すと、腕を引いてオレを寝床に座らせる。
―泉の中心に吸い込まれたとき、一瞬だけ見た弟の顔は笑っていた。その小さな両手に背中を押され、身体はあっという間に底へ沈んでしまった。
「…弟は、悪くないんだ。オレがもう少し気を付けていればよかっただけで…っ!」
「…………それ以上言うと、怒るぞ」
弟は悪くない、運が悪かっただけ、むしろあんな危険な場所を知らなかったオレも悪い、生きているんだから大丈夫だ。
あの時も今もそう思っている。そう、口にしていた。
両手首を掴まれて、枕元に倒される。
ジャミルは身体に跨って、鋭い眼差しで睨んできた。オレは少し気まずくなってふいに顔を逸らす。
「誰にだってあるだろ、魔が差したって思えば…」
あれは幼心なりの本心だった。
腹違いの母親に、オレを出し抜けと言われて育ってきた。絶対的に跡取りの地位は揺らがない。それならと、当時の母親やその取り巻きに耳打ちをされた結果なんだろう。だからあいつに、弟自身には、何の否もないだろうと、今でもそう思ってる。
思ってるけど。
『カリム兄さまなんて、いらない』
「…あれはとんだ誕生日だったよなあ、カリム」
「…いじわる、言わないでくれ……」
すう、っと。
涙が頬を流れたのが分かった。ジャミルの唇がそっとオレの目尻に触れる。
しばらくの間、オアシスに近づくのは怖かった。
誰も悪くない、魔法植物だって、自分の縄張りにずかずかと踏み込んできた人間に驚いただけだ。それだけのことなのに、オレを『いらない』と思う人間がそこにいるだけで、事態は変わってくる。
ならオレは踊って忘れて、なにも『知らない振り』をするしかなかった。そうすれば余計な疑いや詮索をされる人間は減る。
ジャミルの長い指がオレの掌をなぞり、ぎゅっと握りしめる。
「やり直したかった」
「ん……」
「悔しいだろ、あんな、寝込んでただけの誕生日なんて」
ジャミルはオレを宥めるように頬にキスを降らせる。まだ頭も濡れたままなのに、お構いなしに、オレを枕元に縫い付けながら。
仕草は優しく、唇は柔らかい。口の端まで唇が這って来たかと思うと、舌で舐められた。
「口、開けて」
「う……あ……んくっ、ん、ん……」
唇を開いてしまうと、上出来と言わんばかりにジャミルの長く紅い舌が滑り込んでくる。口内の上顎と歯列をなぞられて息苦しいけど気持ち良い。
想像してるよりもジャミルの体温は熱くて、シャワーを浴びたばかりだからか、湯冷めしそうなオレの身体にぴったりと嵌る。
ジャミルの手をきゅっと握り返すと、重なっていた唇が離れた。
「ぷはっ…」
「此処は、アジームもバイパーも関係ない…って、俺が一番、そう思いたくなかったんだが」
「んっ!」
首筋に跡を残すみたいに、ジャミルは唇を寄せる。オレの薄い皮膚肌とジャミルの唇が、元々ひとつだったみたいにぴたりと重なる。
今のオレたちは、身分が関係ないって、錯覚を起こしてしまう。
ここがスカラビア寮で、ここがオレだけの、自室であるせいだ。まるで世界に二人きりみたい。
「だから・・・?オレの誕生日を、やり直してくれたのか…?」
「そうだって言ったら、お前はどうする?」
実家でオレの誕生日をやり直すなんてきっと大変だ。まずは何を手配するか、象か孔雀のパレードにするか、料理人なんて世界各国からやってきてしまう。随分と歳の離れた弟や妹も煌びやかな衣装を着せられて、おめでとうございます、て言えるように躾もされて。
あの時も少しの間昏睡してしまっていて、オアシスから帰ってきてする予定だった宴はなくなった。やり直しを提案する人もいなかった。
居たとしても、ジャミル、お前だけだよ。悔しいなんて言ってくれるのもきっと世界中でお前だけだ。
「オレの…ため?」
「違う。俺が、悔しかったからだ。…馬鹿、勘違いするなよ」
ジャミルはオレのことをよく馬鹿だって言うけど、そこにはいつだって優しい意味が含まれていたりする。今も、眉を下げてどうしようもない奴って言いたそうな顔をしている。
また嫌がられるかなって思いながら、首元に腕を回して抱き着くと、ジャミルは怒るわけでもなく、身体ごとぴたりとくっつけてくれた。
「じゃあさ、今はオレのためだって勘違いさせてくれないか?」
「…そんなのが、プレゼントでいいのか」
「うん。オレ、ジャミルがいいな」
寮生が用意してくれた食事も宴も好きだ。どれもオレがほしい、家柄なんて関係ないものばかりで溢れていた。
でもその中でも一等欲しかったのは、生まれた時からずっと知っているたった1人の人間の心だった。
***
胸元からぴちゃりと濡れた音がする。恥ずかしくて耳を塞ぐと、こら、と咎められて腕を取られて寝床に縫い付けられてしまった。
「あうっ、」
「今さら恥ずかしがるな」
「そんなこと言われて、もっ…!んっ…!す、吸わないで、くれ…!」
恥ずかしいに決まってる。同じ男であるオレの胸なんて弄っていたって楽しくもなんともないだろうに、ジャミルはなんだか嬉しそうににやりと口角を上げて服の上からむにむにと熱い唇で乳首を食む。じゅっ、と音が鳴るぐらいに強く、胸の先端を吸われてしまってオレの喉奥から変な声が出た。
もう片方の乳首だって、親指と人差し指で強く摘まれる。
「いじわるだ…!」
「そりゃどうも」
褒めてないぞ!という言葉も聞かずに、ジャミルの手は徐々に下腹部へ下る。パンツの上からすでに立ち上がっている自身を握られる。上下にゆっくりと擦られて背筋がぞくりとした。ジャミルはそうやって焦らしながらオレの気持ちごと翻弄するのがとても上手い。
長くて綺麗な黒髪に手を触れると、ジャミルは髪を解き、さらりとオレの首筋に黒髪が落ちてきた。擽ったくて気持ち良くて安心する。もっと気持ち良くなりたい。
「さて、カリム」
ジャミルはオレに顔を寄せる。すっかりキスをしてくれるものだと思い込んでいた唇には何も触れてこない。
「どうしてほしい?」
ジャミルがひとつ瞬きをすると、その瞳は夜の帳が下りるみたいに綺麗だ。すべてを独占する権利なんてないけれど、今だけはどうしても欲しいと思ってしまう。甘えたと言われる、我儘をひとつ零すためにオレは声を潜めた。
「いっぱい、触ってくれ」
触れ合わない場所なんてないと思えるぐらいに、触ってほしい。
「…後悔するなよ」
「あっ…!」
濡れてしまった下着も気にする暇もなく、一気に脱がされてしまい尻の辺りを弄られてつぷ、と中指が柔い穴奥に入ってきた。
「う、んぅ!んっ…!む、」
快感をどこかへ逃がそうしてしまうオレの顎に手をかけて、また、口内へぬるりと舌が侵入する。その間、中を弄る指を増やして、じっくりと解されてしまう。きっとベッドのシーツは濡れてしまっている。ずっと握られていたままの手が放されて、腕からヘナタトゥーをなぞるように肩にかけて熱い掌がなぞる。
小さな円を描くみたいに親指と人差し指が耳たぶに触れる。この指が、オレをずっと昔から守って居てくれるのだと思ったら、目尻から涙が出てくる。
「う」
「泣き虫め」
唇を離して、指で涙を拭う。下腹部にある指に手を重ねて、オレも、オレの自身の身体の奥底を広げる。
ごくり、と、ジャミルの喉仏が動くのが見えた。
「ほしい」
早く、早く。
「いっぱい、ほしい」
焦らされて、身体の中はもう精一杯だった。早く、底いっぱいに、泉を満たしてほしい。鬱陶しそうに髪を掻き上げると、下着ごとパンツをずり降ろして、すでに立ち上がっているモノをオレが震える両手の人差し指と中指で開いているそこへあてがう。
「くれてやるよ、ぜんぶ」
「あっ…や、あっ、あああっ!」
息を付く暇もなく、一気に挿入されて思わず仰け反る。逃げ腰になるオレの両手首をジャミルは片手で掴んでぐっと引っ張ってきた。
「ちゃんと広げてろ」
「ん、んっ!」
「そう、上手」
「あ、うっ、あああっ!あっ、あっ!」
ジャミルの言葉にこくこくと頷きながら必死になって律動に合わせる。ちゃんとできてるのかよく分からない。オレの何もかもがジャミルの熱で犯されている。さっきまでじわりと孕んでいただけの体温が一気に上がる。涙や汗で濡れたオレの額の髪を掻き分けて、ジャミルの大きな掌が視界を覆う。
嬉しくって、泣いてもいいんだって許されたみたいだった。
「カリム、おめでとう」
「アッ……あああっん!アアッー…!」
ジャミルはずるい。本当に欲しい言葉は、声でしか教えてくれないんだ。
でもおかげでオレは思いっきり泣けることができるんだって、大きな熱を受け止めるその瞬間に気付く。情けない声まで上げて果てる寸前に、ジャミルはキスをしてくれた。
熱を冷ますために飲み干すオアシスの水にみたいに皮膚肌に馴染むそれは、心地よかった。ジャミルは熱を孕むことも鎮めることもなんでもできてしまう。
お前はオレの命の泉だ。
ジャミルの手を握ると驚くほど強い力で握り返してくれた。
―――
「ジャミル?何をしているの」
「…だって、今日は…カリムの…」
「今はそんなことをしている場合じゃないでしょう!」
従者仲間と準備した花の王冠は、オアシスから戻ったころには萎れていた。作り直すために庭で花を摘んでいると、こんな時にと、母さんに咎められる。カリムは今、せっかくの誕生日だと言うのに自室でひとり、眠り込んでいた。幸い命に別状はなかったようだ。
カリムが魔法植物に襲われた状態で泉から現れたときに、近くにいた魔法の使える従者たちが息の止まったカリムに向かってとっさに回復魔法の呪文を叫んだのが功を奏したらしい。俺の魔力なんてたかが子供レベルの未熟な量しか放出できないが、魔法士数人が集まればブロットも抑えられて比較的早く対象者に魔力が届く。特に瀕死状態にある相手だと、早さが重要だ。
アジームに戻ってお抱えの医師からの調合された魔法薬の投薬が終わり、すっかり熱の引いたカリムが目覚めるのを待っていればとっくに陽は沈んでしまっていた。医師と自室に入るカリムを見送って、戻って見ると、カリムの誕生日祝いのためにと派手に飾り付けられた部屋は、ものの見事に元通りにされていた。
―お祝いどころじゃない、とんだ災難だった、まさか〇〇番目の弟が。
大人たちは口々に勝手なことを言いながら片付け始めていた。なんだかそれが無性に苛立って、萎れた王冠を手に庭に飛び出した。
「ジャミル、どこへ行くの?!」
母さんの言葉を無視して、花束ほどの量もない数本の花だけ摘んで握りしめて、振り切って、走る。
この日は初めて、母さんが口うるさい大人達と一緒だ、と鬱陶しく感じた。
長い廊下や階段を走り切り、カリムの部屋のドアノブを引く。音に気付いたカリムは少し気だるそうに小さな体を起こした。
「じゃみる…?」
「良い、寝てろ」
「でもオレ、」
「良いから!」
怒鳴るように言ってしまったからか、赤い瞳がまあるく、驚く。
違う、そんな顔させたいわけじゃない。
握りしめていた花と、萎れてしまった花の王冠をぶっきらぼうに差出した。
「今日は、これしかないけど」
「ジャミル…」
作り直せてもないそれを、俺の両手ごと大切そうに受け取る。
「こんなの納得いかない。絶対にやり直してやる。覚悟して待ってろ、カリム」
「たのしみに、まってる、な…」
カリムは目を細めて笑っているのに、涙が少しだけ流れた。
―――
気怠い。
あれから何度したかあまり覚えていない。普段大して強請るモノなんてない奴から「ほしい」と何度も口にされては、歯止めは聞かなかった。
すやすやと眠りこける顔は、いつもより幼く見える。
『いっぱいほしい』
「……」
まずい。思い出している場合じゃない。
即座に寝床から起き上がって置き時計を見る。まだ丑三つ時を回ったばかりだ。
脱ぎ散らかした寮服を一旦羽織って部屋を出る。さすがに喉は乾いてきたし、あいつも放っておけば脱水状態になる。
談話室近くにある共同キッチンにはカリム専用の小型の冷蔵庫がある。何か飲み物でも、廊下に出ると、キッチンから灯りがついているのが見えた。
小腹をすかせた寮生でもいるんだろうか。オアシスで散々飯は食ったはずだが、ここの寮生は人一倍気疲れしてしまう生徒が何人かいる。緊張が途切れて腹が空いていてもおかしくはないだろう。
「にしてもさあ、」
「ずるいよな!」
「あー、わかる。見た?あの副寮長の顔…」
何人かいるのか。思わず足を止めて聞き耳を立てた。
「寮長が踊ってる時の副寮長の顔…、すっごい、なんていうか…」
「後方彼氏面」
「それだ~」
「誰が彼氏面だって?」
「うわっ!!!!!!!!!!!」
「ふふふふふ副寮長!!!!??」
数人の寮生が大声を上げて飛び上がった。慌てて食べていた夜食を食器事床に落とす奴まで居た。
「どどどどうして副寮長がここに」
「少し落ち着け。喉が渇いただけだ。悪かったな、片付けを押し付けてしまったみたいで」
「あ、ははは…いいんですよ、それは…俺達が言い出したことだし…」
小型の冷蔵庫を開き、ココナッツの写真がパッケージに載ったものと、ミネラルウォーターのボトルを取り出す。
「今日は皆、お疲れ。あんまり夜更かしするんじゃないぞ」
「は~い…」
「ああ、それと」
適当にふたつ分のグラスを持って、苦笑いをしている寮生に振り返った。
「あれの舞は良かっただろう。滅多に見られないから、運が良かったな。俺も、あれは好きなんだ」
じゃあ、おやすみ。
がちゃり、とキッチンの扉をきちんと閉めて、カリムの自室に戻った。
「…俺達、結局、マウント取られてたってこと?」
「いつから…」
「最初からだろ…」
「むしろ入寮してから…」
「そもそも、寮に戻ってから僕一度も寮長に会ってない…」
「……寮長、大丈夫かな…。明日はお昼まで起きてこないんじゃ…」
「勉強会はどうする?」
「もう俺達だけでやっちゃおうぜ~はあ、明日どんな顔して寮長と会えばいいんだか」
***
「ぷはっ、うまい!」
「良かったな。明日はココナッツジュースでも作ってやるよ」
「えっ、いいのか!?ジャミルはやっぱり気が利くな~!」
「今更気づいたか?」
「ううん。ずっと昔から知ってたぜ!」
***