ネテモサメテモ。

同人置き場

プリンス☆メーカー

画面には、パステルピンクの背景に、白く縁取りされた文字が浮かんでいた。
インストールした覚えのないゲームタイトルは、おそらくつい先程まで俺の部屋で勝手に休憩していた妹の仕業だ。

「有料ゲームじゃないだろうな…」


昨今、親に黙って課金ゲームをする子供が続出しているらしい。親のカードを使い、親の居ぬ間に。
妹に限ってそれはないだろうが、とりあえず、課金ゲームじゃないかだけのチェックだけしておくか。
コントローラーを持ち、ハートマークのアイコンを移動させる。

『GAME START!』
「あっ!」

しまった、と思ったころにはもう遅い。STARTの上にあるハートマークがキラキラと光った。〇ボタンを押してしまったらしい。

『よう!』
一瞬暗くなった画面から、ゆっくり浮かび上がってくる絵面。白髪に、褐色の肌、紅い瞳の男は、にこりと笑う。

『お前がオレの従者なのか?今日からよろしくな!』

「じゅ…従者…」
この俺が。
一体なんのゲームなんだ、妹はなにやってんだ。などの言葉を飲み込む。1人で画面に向かって喋りかけるなんてことできやしない。

『なにをすればいい?お前が選んでくれ!』
チュートリアルを開始しますか?】

画面の端には様々なアイコンが並ぶ。食事のマークに、勉強マーク、ハート…は、体力ゲージか。どうやらこれは育成ゲームらしい。俺はこいつの従者として、寝食を整え、おまけに教育まで施さなくてはならない。一応シナリオもありそうだ。
いわゆるテキストゲーム。普段は決してやらない部類のゲームだが…

(まあ、暇つぶしにはいいかもな)
対して頭も使わないし、RPGやカードゲームのように戦略も考える必要がない。

『そういえば名前、言うの忘れてたな!オレはカリム・アルアジーム。アジーム王国の王子なんだ!』

【カリムを立派な国王に育てましょう】
『お前の本当の名前も、教えてくれ!』
【名前を入力してください】
『ナジュ、って言うんだな!ナジュ、よろしくな!』

ただの成り行きと暇つぶしと、ほんの少しの興味によって、俺はこのゲームをプレイすることにした。

別に言い訳じゃない。

 

***


『ナジュ…今日は遅かったな。オレ、すごく待ってたんだ…』
【体力ゲージを確認してください】

たった1日だ。1日、ログインしなかっただけで、カリムの体力ゲージは0に近い数値を出していた。そもそも、気まぐれに始めただけのゲームだ。普段の俺はそんなに暇じゃない。が、青白い顔をして、いまにも倒れそうな様子のカリムが気になった。

【一日の様子を確認してください】
メモ帳のようなアイコンを押すと、ログインをしていない間に起こったことが映像として流れる。チープな造りをしているゲームだと思っていたが、映像はよくできていた。

『さあ、カリム様。たんと召し上がれ』
『お、おうっ』
ナジュ以外の従者たちが作った料理がテーブルに並べられていく。カリムはどこか居心地の悪そうな顔をしていた。
ナイフで肉を切り、フォークで口元に運び…一口食べたカリムの手からフォークが滑り落ちる。

『うっ…!』
両手で口元を抑えて、その場に倒れ込んでしまった。

【カリムは、従者に毒を盛られてしまいました】

「毒だと・・・?」
身内も同然の従者に毒を盛られる理由がどこにあるのか。

【毒を持った従者の手がかりを見つけましょう】

最初から仕組まれたルートなのかは分からないが、犯人捜しが始まる。カリムはどうやら俺を酷く信頼しているらしい。王族ゆえのお家騒動や、派閥争いでもあるのなら、親族による命令で毒を持った従者がいる可能性は高い。
1人1人にアイコンを翳す。
カリムが食事を口にする直前に声を掛けた従者の懐から、小さな小瓶が落ちた。この中に、毒が入っていたようだ。すぐさま問題解決。

【カリムに食事を作りましょう】

料理のアイコンを押す。鍋を選択して、食材は米と野菜と調味料で出来上がる。
焼き飯のような見た目のそれを、カリムは口いっぱいに頬張った。

『すっげー、美味い!やっぱりオレ、ナジュの料理が大好きだ!明日も作ってくれないか?』
【→わかった・いやだ】

『ありがとう!…ナジュ!』


***


たかがゲームのキャラが気になるなんておかしい話だが、今日も俺は大学の授業が終わり次第帰路についた。
まだ家族が帰って来ていないことを確認して、部屋にこもり、ゲーム本体の電源を入れる。
こんな感覚、子供のころ以来だ。

「ん?」
いつもなら、電源を入れてすぐにゲームタイトルが浮かび上がるはずが、今日は画面が暗い。
コントローラのスタートやオプションボタンを押してみるが、反応がない。

(壊れたか?)
ゲームソフト自体はデータ上にしかないので、引っ張り出して修理するわけにもいかない。俺は少し苛立った。
たかがゲームだ。気にしてる自分がおかしいだけ。そんなの分かってるけど。

(1日ログインしなかっただけであんな死にそうな顔をするくせに、いざとなったら電源すら入らない。これがゲームでよかった。こんな奴、近くにいたら、最悪だ)
コントローラーを投げ出し、ベッドに寝転がり、天井を見る。・・・アホらしい。
少し休憩でもして講義の参考本でも読んで復習するか、と一瞬瞼を落とした瞬間。

『「ぉわっ!!」』
「!?」
ベッドが何かの重みで軋む。隣には人肌の温かい何か…というより、人だ。
大声を出した正体。人間が、そこに居た。

『ナジュー!会いたかったぜ!』
がばり、と起き上がった相手はゲームの中のカリムだ。抱き着かれ、意味が分からず思考が止まる。
画面の中から飛び出してきた???そんなことあり得るのか???

「オレ、ナジュに会いたくって…ずっと、そう思ってたらここまで来ちまった!」

いらいらと、ふわふわが入り混じる。そんなことあり得るわけがないのに。
なのに、カリムのふわふわと纏った空気には思い描いていたそのもので、リアルな状況に納得せざるを得なかった。カリムの着ている衣装から取扱説明書と書かれた紙切れが一枚落ちてくる。

【カリムの願いが魔法のランプによって叶いました。以下注意事項】
「…魔法のランプ?」

 

【カリムはプリンス☆メーカーのキャラクターです。”現実”世界の食物は与えないでください。】
【プレイヤー以外の接触は禁止しています】


それから俺とカリムの奇妙な生活が始まった。

 

***

 

「おかえり!」
「…ただいま」

今日も一日、帰宅して部屋に戻ると、カリムは狭い部屋の中で俺を出迎える。
”現実”側にやってきたカリムは俺の部屋で一日のほとんどを過ごす。画面の中と違い、食事を作って与える必要もない。
…が。おとなしく、家主の俺が帰宅するまで待っている。一国の王子というより、こちらとしてはまるで白い毛並みの…ペットでも飼っている気分だ。

「なんだよ」
「な、なんでもないぜ!」
帰宅途中に寄ったコンビニで買った菓子の袋を開けると、カリムはもの珍しそうにそわそわと覗き込んでくる。一国の王子という設定らしく、こんなもの見たこともないんだろうな。

「お前は食べられないんだろう」
「そうだけど…なあ、どんな味がするんだ?それ!」
「どんな味って…じゃがいもを薄くスライスして、大量の油で揚げて、塩をまぶした味だよ」
「へえ!すげー、変わってるな!じゃがいもなら、てっきり、甘いものかと思ってたぜ!」
「甘い…ああ、そういう使い方もあるな。クリームを混ぜて焼くとか…」
「あ、それなら食べたことあるな!ナジュが作ってくれたもんな~美味しかったぜ!」

画面の中での出来事を思い出しているのか、ふにゃりとカリムは笑う。

あ、かわいい。
なんて、思った日にはおしまいだ。


***

 

今日はバイトが長引いてしまった。すっかり日も暮れている。
玄関扉を勢いよくあけて、廊下を渡り、冷蔵庫の中を漁る。炭酸水のペットボトルを取って、食器棚からコップも取りだす。
リュックの中にはバイト先の店でまかないとしてもらってきた肉と野菜の炒め物。そこへ、適当にスパイスを絡めて炒める。
皿に盛れば完成だ。こういう適当でシンプルなのが一番美味かったりする。

「おい、カリムー」
今日は何の話でもしようかと、いつものように自室の扉を開けると部屋の中にカリムが居ない。

「…は?」
テーブルに皿を置き、辺りを見回す。布団の中にもいない。慌ててテレビモニターの電源を押すと、ゲームは何事もなかったように起動された。

【さいしょから →つづきから セーブデータをみる】
【!つづきからを選択できません。さいしょからはじめてください!】

「…ッ!」
舌打ちをして、説明書を読み漁る。こっちの世界のものは食べさせてない。マニュアル通りにやったはずだ。
何も間違えていないはずだ。なのにどうして。

『…ナジュ、』
タイトル画面から音が聞こえる。

「カリムか!?おい、お前、勝手に元に…」
『オレはもっと触れたいな』
「…カリム?」
『綺麗だな、大好きだぜ』
会話はできない。コントローラーのどこを押しても反応はなく、画面の中から一方的なカリムの声が聞こえる。

『今日はあまり起動してくれないんだな』
『ちょっと寂しいぜ』
『この間はなにを食べていたんだ?』

『ナジュの…ううん。ジャミルの作った飯は美味いんだろうなあ』
「…は?」

俺の本当の名前をカリムは呼んだ。説明書を再度読み漁ると、一番最後のページに行きつく。

 

【追記:好感度ゲージMAX時にあなたがもし本当の名前を教えておらず、キャラクターが本当の名前を知ったとき、ゲームオーバーになります。キャラクターは嘘が苦手です。とても傷ついてしまうため、記憶がリセットされてしまいます。さいしょから始めてください。】

【さいしょからはじめますか?(これまでのセーブデータは消えます)】

 

ここは俺の自室だ。あちこちに本名を知るモノがある。いつばれてもおかしくはない。
だいたいこんなゲーム、本名でやるほうが間違ってるだろ。苛つきが止まらず、説明書をゴミ箱に捨てた。


「―やっぱりこの世界にカリムはいなかったんだな」

俺には前世の記憶というものがある。
妹のナジュマに、父さん、母さんの家族構成。これは前世も今世も同じだ。間違えてない。

でも、唯一ずっと傍にいた『カリム』にそっくりな『カリム』だけがいない。
あれだけ、アジームの長として俺の気持ちも生い立ちもなにもかも振り回しといて、身内に盛られた毒であっけなく死にやがった、『カリム』。

まさかゲームの中に転生したとは思っていなかったが、カリムに『ジャミル』の記憶はない。
ああすべて思い出した。
この世界に『カリム』はいない。ならそれでいい。それなら、必死に探す必要もないんだ。

【さいしょからはじめますか?】
【はい →いいえ】

【つづきからはじめますか?】
【はい →いいえ】

【セーブデータをみますか?】

 

【はい →いいえ】

 

もういい。終わろう。

俺はゲームのスイッチを切った。


***

 

とんだ一人遊びだった。きょうは天気がいいから大学の庭で食べよう。
俺はあいつと違って一人で食べる飯は好きだ。一人の時間がないと耐えられない。自分の時間がほしい。次の休みにはとうとう一人旅に出る計画まで立てた。
前世じゃ一人旅の最中に『カリム』の葬儀があったため、中断して国に戻った。今世じゃそんな後悔したくない。

旅雑誌を抱えて、庭に出る。
昨日作った炒め物を雑にパンに挟んで食べる。簡易なサンドイッチだ。
雑誌を1ページ捲ると、影が出来た。おかしいな。今日は暑いくらいに太陽が昇っているはずだ。


「おいしそうな弁当だなあ!」

「は」

見上げると、見知った白銀の髪色に溌剌とした表情の男がいた。
ぼろり、と、サンドイッチを零してしまう。

「隣、空いてるか?」


【最初から、はじめましょう】