ネテモサメテモ。

同人置き場

可愛いあいつは誰ですか?

人生は、退屈な日々の連続だ。
毎日が同じことの繰り返し、取引相手にぺこぺこと頭を下げ、オーバーワークをこなす。
たまに発生するイレギュラーなことと言えば、恋人からの『別れたい』というワードから始まる、イベント。

そして、旧友からの誘いがあればふらりと夜の街に出ていく。
猛勉強の末に有名大学を出て、有名企業に入り、出世ルートをただ突き進む。所謂、社会的には勝ち組というやつだ。誰しもが羨む、そんな人生を送っていると自分では思っていたが、時折、友人からの誘いで夜の街へ出る自分に惨めさを感じる。

それが想像以上に、つまらなくも、感じてしまうのだ。

メイクに髪、服、めかしこんで、今日のお目当ては一体誰なのか。
学生客の多い洒落た居酒屋に似合わないブランドのバッグを座敷の隅に置いて、女性陣はぞろぞろと座る。
男性陣は一応社会人でそろえているが、相手はどうやら女子大学生とやららしい。

「かんぱ~い!」
ジョッキとグラスの合わさる音。
上機嫌に安い酒を煽るのは大学時代のバスケ部の連中だ。
こんな店、金のない大学生が楽しんで立ち寄るような店だ。今日はあまり目立ちたくないと思った俺は、一番端の席に座っていた。
目の前には先輩が呼びつけた他校の女子大学生が部員の人数分、ずらりと横に並ぶ。綺麗ドコロを集めたと自信満々に言っていた。
隣に座る大学の同期だった連中は、〇〇ちゃんはミスコン優勝者で、あっちの〇〇ちゃんは某事務所所属の読モで、とご丁寧に説明してくれる。
あ、そう。と返すとバイパーはつれないな、などと言われた。興味がない、とはっきり言ってしまえば空気が凍るのは目に見えてるので、茶、ではなく、酒で濁す。残業終わりの炭酸の効いた安い酒は、案外美味く思える。

ジャミルくん」
話の流れで急に、(正直、あまり話を聞いていなかった)自分のファーストネームを呼ばれて、ん、と反応してしまう。

ジャミルくんって、どんな子がタイプなの?」
「・・・・・・俺は、」

と口を開きかけた瞬間だった。

ガッシャーーーーンッ!
「何やってんだ!」
グラスが壮大に割れる音と、驚いた声。

その方向へ目を向けると、ふわりとした真珠のような髪色をした男が、怒鳴る声主に向かってぺこぺこと頭を下げているのが見えた。
男と数人のスタッフがしゃがみ込んで割れたグラスの片付けでもしているのか、姿はすぐに見えなくなる。

「大変そうだね~」
手の甲にあった指を引っ込めて、ネイルを眺めながら自身の髪に指を絡ませて弄び始める。
もう興味を失ったのか、まあ都合は良いが。と、あっけにとられていると、大学の同期だったフロイドが長い手を上にあげてひらひらと振り始めた。
そういえばこいつもいたんだった。

「ね~!注文~!」
「は~い!」
高い声が響く。店員が来たら俺もついでに注文しようか。スイッチ押したけど。
数十秒後、バタバタと忙しそうな男がやってきた。
いいのかそれ。と、思うほどの大ぶりのピアスを付けて花が咲いたような笑顔を見せる。

「お待たせしました!・・・・って、フロイド来てたんだな!」
「久しぶり~ラッコちゃん」
「元気してたか?また店に行くって、とーちゃんが言ってたぜ」
「そんなことより~注文!」
「ははっ、悪い悪い!お伺いします!」
「ウミヘビくんは~何にする?」
「は」
フロイドに突然振られて、ちょっと吃る。

「あ。…じゃあ、生で」
「なま…」
「……」
ガーネットの瞳がうつむき気味に、小さな唇の隙間から聞こえる控えめな声。こないだ野郎同士でふざけてみたセクシービデオよりエロかった。びっくりした。 ここまでエロい「なま」を聞いたことがない。
ちょっとトイレ。一旦休憩。落ち着こう。俺は酔っ払ってる。いやたしかにあのバイトは今までみたことがない容姿をしているのだが。女子がキャッキャウフフする理由も分かるんだが。顔が中性的すぎるのか?いやでもよく見たら体も細っこいし、何食ってんだ…てかフロイドの友達?

ラッコってなんだよラッコって。絶滅危惧種かよ。いや絶滅危惧種みたいな見た目してたけど。いやラッコはまあ、わかる。ラッコちゃんってなんだよ。可愛いかよ。ハハッウケる。ばか。ウケねーわ。男だろあれ。女子じゃねーんだぞ。あータバコ吸いたい。やっぱり帰ろう。
用を済ませてトイレのドアノブに手をかけたところで、

「あっ!!」 
真珠髪が胸に飛び込んできた。
店内の陽気なBGMで鼓膜が震える。ついでに俺の手も震える。なぜか真珠髪バイトの背中を支えている。いやなんでだ。反射神経良いにもほどがある。ジムに行く回数減らそう。

「すまん!」
それが客に言う態度か。にこにこ。へらへら。笑いやがって。また転けたんだ。こいつ。通算5回目。いい加減気付け。
お前、他のバイト店員に

「嫌がらせ、されてんだろ」

「オーダー取って持ち場に戻るとき、カウンターから脚が出てきた。それに躓いた。最初に割ったグラスもそいつが原因だろ。女性客がお前を笑って許した後、脚を踏まれてたな。だいたい相手は男の店員だ。同じバイトか?同期か?どうせ今も同じ奴に背中でも押されたんだろ。相手が俺だったからよかったものの。本当は酔っ払った下衆な親父目的にタイミング良く?後ろから?背中を押されたんじゃないか?お前、見るからに、そういう類の悪戯されそうだしな。」 
しかし我ながらよくまわる口だ。酔っ払ってる。本当に。「そんな、」小さくて薄い唇が開いた。

「そんなこと、言わないでくれ。あいつらいい奴なんだ」

いい奴?どこが!男の嫉妬か、お前のへらへらした顔にイラついたのか、気に食わないのか知らないが。やるなら正々堂々やれ。脚を引っ掛けて転ばせる?下衆な客相手に悪戯させる?後者なんて冗談じゃない。腹わた煮えくりかえる。
もしこいつが生粋の箱入り息子だったらどうする。親は泣くぞ。
嫁に…
「嫁にいけなくなってもいいのか…」
「え?」
こいつが嫁に…嫁に…?誰の馬の骨かもわからないやつに…
気持ち悪い…考えただけで吐き気してきた… 
「オ"ェッ…   」
「お、お客様、吐い…   ギャーーーーー!」


***

頭が割れそうだ。ぐわんぐわん。目が回る。気持ち悪い。本当に気分が悪い。昨日はそうだ。合コンに誘われた。そこにラッコがいた。可愛かった。ただそれだけだった。もっと見たかったとか、身長が170もなかったとか、普段何食ってんだとか、そんなことを考えいたら手が震えていたのは分かった。
きょろりと辺りを見渡す。ビジネスホテルの一室。それにしてもやけに広い。スマホを見ると、フロイドとその他野郎どもから。あとでホテル代とクリーニング代請求するから、の、メッセージが入っていた。この胸やけ、気持ち悪さには心当たりがある。悪酔いをしたのだ。

アルコールには強いほうだと思っていた。まさか自分が?トイレから出たときが限界だった。あと意味の分からないことを店員相手に口走ってしまった記憶もある。残念ながら内容は朧気だが。それにしても壮大な失態をやらかした。大方、フロイドたちが介抱してくれたのであろう。服は全部脱がされていた。
乱雑に詰まれた衣類は触りたくもないほどだ。

「……シャワー、浴びるか…」
昨日の自分は本当にどうかしていた… と、ベッドから起き上がると、ピンポン、と、チャイムが鳴った。

不審者か?あいにく、大失態を犯した翌日だ。今の俺にはなにもない。服だって着てない。一応クローゼットの中を漁って、バスローブらしきものを発見したので着てみる。ビジネスホテルにしては良い素材を使っている。ふわふわだった。まるで。あの時、胸に飛び込んできた真珠髪みたいに。

扉の近くまで行くと、モニターが見えた。ビジネスホテルのくせに、モニターフォンがあるのかよ。対応ボタンを押す。扉の先に見えた姿にぎょっとした。

「あー、えっと・・・おはよう?」
モニター越しに見えたのは真珠髪のバイト店員だった。その表情はなんとも、心配そうに、眉を顰めている。なぜか、早く”なま”で見たいと思った俺はすぐにロック解除した。開けてくれなんて言われてないのに。
ガチャリ。扉を開けた。あの時のバイトだ、とばかり思っていたが、どうやら身に着けているものが違う。きらきらと輝く大振りのイヤリング(顔が余計小さく見える)、シンプルな白シャツと黒のボトム(よく見れば高級ブランドの刺繍が入っている)、革ベルトの腕時計(学生では到底買えない値段のもの)
頭の先からつま先まで、あの居酒屋で100年バイトしてたって、到底、買える金額ではないものばかりだ。いや、おおげさか。着飾ってる、というほどではないかもしれない。とても自然に着こなしている。ここまでブランドモノを揃えると、人間は、ブランドに着られているという錯覚を起こすものだが

このバイトにはそんな野暮な空気がない。あの店ではどんくさい奴にしか見えなかったのに、これでは本当に、財閥の御曹司みたいだ。しかも、なんの嫌味もない、清く正しい方向性に育てられたかのような、箱入り息子だ。ガーネットの瞳が物語っていた。

「…そんなに見られると、はずかしいな」
あはは、と、控えめな笑いが響く。バイトが部屋に入ったのを確認するとすぐさま扉を閉めてしまった。俺としたことが。これじゃ余裕のない奴みたいじゃないか。

食い入るように見てしまったと自覚して、背を向ける。
「何しに来た。」
ナニシニキタ。なんでさっきからこんなに余裕がないのか自分でもわからない。

「大丈夫かなって、思ってさ!昨日は大変だったから」
今俺は、穴があったら潜り込みたいと思っている。そう、ウミヘビのように。

「ここさ、オレのとーちゃんが経営してる系列会社のホテルなんだ!おまえ・・あ、お、お客様?が昨日、酔っぱらってて、えーと、倒れちゃったから、オレとフロイド達でここまで運んできたんだ。かなり酔ってるみたいだったから、一番近いここを選んでさ。それで、料金のことなんだけど、それは、気にしないでくれ!オレの当たり所?が悪くて、おま、お、お客様が倒れたんだし、オレの責任だ。これをお前、あ、お客様に伝えたくてさ!」

ぐわんぐわんと頭に響く。シャワーへ行こうとしていた足を止め、くるりと振り返り、ゆらゆらと、バイトに近づく。いやもはやバイトではない。
「?」
きょとんとする顔を見下ろす。
「…さっきから…」
「ん?」

「お前お前ってうるさいんだよ!俺の名前はジャミルだ!ジャミル・バイパー!覚えとけ!!!」

「お、おう?」
きょとん顔にきょとん声。なんか知らんが、最高にムカつく。この頬を横に引っ張ってやろうか、とか。そういう気持ちが沸いてくるのをなんとか堪えて、再びシャワー室へ目指す。

「あ、フロイドが言ってたから名前は知ってるぞ!それに、名前を知らないとここには泊めてやれないからな!」
背中にかかった言葉が、やはり、ムカつく。なんで今フロイドの話をする必要があるんだ。俺以外の男の名前を出すな。そもそもお前の名前、知らない。雑念をかき消すように、脱衣所に向かい、風呂場の扉を乱暴に開け、鍵をガチャリと閉めた。入ってくるなこれ以上。なんか知らんが、ムカつく。シャワーの蛇口を捻る。

「ギャーーーーーーーー!!!」
ジャミル!?大丈夫か!?」
「冷たい!!!!!!!」
「あっあっ、お湯!お湯のボタン押してない!」
「早く押せ!馬鹿!」
「すまん!」
ラッコが慌てて脱衣所にある給湯ボタンを押したようなシルエットが見える。早く押しとけ。でも気づかなかった自分が悪いのも分かっている。
冷水からあたたかな湯に変わる。全身にシャワーを浴び終えて、脱衣所に出てみると洗い立ての衣類が丁寧に畳まれた状態で置かれていた。
それを着て、俺はやっと生まれ変われたような気がした。


***

「おっ!風呂あがったか!」
「まだ居たのか」
部屋に出て見ると、2人掛け程度のソファーに腰かけて備え付けのテレビを見ていたラッコがくるりと振り返る。

「うん。心配だったんだ。どうだ?スッキリしたか?」
「……」
これを、優しさの押し売りなんじゃないかと、捻くれた自分はそう思ってしまう。が、ラッコの瞳は嘘なんてなにひとつついていないように、よく磨かれた宝石に似た綺麗な色をしていた。…いい加減、名前のひとつでも知るべきじゃないだろうか。

「…まあ、スッキリはしたよ」
「よかったぜ!」
にこり、きらり。光るのは笑顔と黄金のピアスだ。にしてもたかが一客に、バイト風情がここまでの部屋を用意するのだろうか。親が大金持ちとかなんとか言っていた気はするが、ならバイトなんてする必要がどこにある。

「お前…ここまでする義理はなんだよ。たかが客ひとりに部屋まで与えて…」
裏がなきゃ、俺はここまでのことはしない。介抱する客同士を見送ることすらも怪しい。なんの見返りが目当てなんだ。
俺が絶世の美女ならまだしも、ラッコより体格も良いし背だって高い。まあ、友人になって損はないだろうが、にしても対価に合ってないだろ。
ガーネットの大きな瞳が丸く開かれ、柔らかく目尻が下がった。

「嬉しかったんだ。オレのこと、心配してくれたろ?」
「……そんなこと…」
「オレは、嬉しかったから。その後もずっと気になってて…あ、でも、本当にみんな良い奴なんだぜ!それだけは誤解しないでくれよな!」

正直心配した覚えもあまりない。ただ、こいつが嫌がらせを受けているんじゃないかと指摘は…したような気がする。
見返りがないって言うなら、そろそろ名前ぐらい教えろと、口を開く。

「お前、名前はー」
「あ」
ちょうど、テレビではとある大手企業の定期株主総会のニュース映像が流れて来た。
取締役社長と役職のついた男が映る。

代表取締役のアラン・アジームです。本日は御足もとの悪い中、皆さまにお集まりいただき…』
「とーちゃんだ」

「……………は?」

ただのバイトじゃないとは思っていた。どこぞの金持ちのボンボンだろうと。親がこのホテルを所有しているぐらいだ。
それが、思っていたより、あまりに有名すぎる大手企業の御曹司だったって話だ。


「アジーム…って、あの…?アジーム商事…?」
「おうっ!あ、まだ言ってなかったな。オレの名前はカリム。カリム・アルアジームだ!」
「…………」
「どうした?!顔色が悪いぞ!あ、救急車呼ぶか?とーちゃんの秘書に電話したらー」
「やめろ!!!絶対余計なことするなよ!!!!」