ネテモサメテモ。

同人置き場

IF

※エラゼア+空、CP要素は特にありません。もしもの話。

 

光に導かれるまま、何もなかった空間を歩き続けた先に、カイリはどこにもいなかった。
諦めそうになる気持ちを奮い立たせて、ソラがその足を一歩、踏み出すと足元は瞬く間に崩れ落ち、ソラは、その身が鉛のように重くなったのを感じた。
思わず目を瞑ったが、瞼の奥で突き刺さるような眩しさに、すぐさま目を開く。

「ここは…」

ソラが降り立った世界は、水上に浮かぶ、かつてのキーブレード使いの都と呼ばれる場所だった。
晴れ渡る青空に、潔癖な白の建物。最後の戦いに訪れたときと決定的に違うのは、幾多の行きかう人々。

「あっ。」
「おっと。」
ぼうっと立ち尽くしたままのソラの肩に、果物や野菜と言った食材が入った箱を運び出している体格の良い大柄の男がぶつかる。
男は見慣れないソラの恰好に小首を傾げながらも、歯を見せてにこりと笑う。

「お兄ちゃん、気を付けな。」
「ご、ごめんなさい。」
「いいってことよ!」
ソラが頭を下げて謝ると、男は明るい言葉を残して、人混みの中へ紛れて行った。
ソラの視線の先には、以前に訪れたときとはまるでなかった、活気がそこにあった。女性、子供、男性。
おそらく街の中心部になるだろうか。そこで人々は時折楽しそうに笑い、しゃべり、歌う。ベンチに腰かけ、熱心に本を読み込んでいる青年はキーブレード使いかもしれない。
ソラは世界の様子に戸惑いを見せながら、あてもなく街中を歩く。
これからどうすればいいのか、仲間が、親友がいたらどうしていただろうか?それにしても足元がふらつく。
魔法の効果はあとわずか。残り少ない自身の魔法は、カイリを助けるために使ってしまいたかった。カイリもきっと傷付き癒しを求めているだろうから。

自分に使ってしまうには、まだ早い。―まだ。

「君!」
「!」
思い切り、腕を掴まれる。ソラはぴくりと肩を震わせ、目を開いた。
どうやら倒れそうになっていた寸前に、ソラの片腕は何者かによって上へと引っ張られたようだった。
ソラの瞳に、柔らかな黒髪と鈍色の瞳をもつ青年の姿が、映り込む。

「随分と衰弱しているね。俺の魔法でどうにかできるといいんだけど。」
「うっ…」
「ほら、立って。きちんと治さなきゃ。」
「君は…?」
「俺?俺の名前は――。」
「エラクゥス!」

意識を手放しそうになっているソラの耳奥に、声が響く。
ラクゥスと呼ばれた青年に肩を抱かれたまま、顔を上げると、ソラは驚きに目を見開いた。
そんなソラをよそに、エラクゥスはもう一人の青年に、にこりと微笑みかける。

「怖い顔するなよ、ゼアノート」


**


「そんな得体の知れない人間を拾ってきてどうする。いくらのマスターの留守中だからと言って」
「まあ、そう怒るなって。きっと悪さはしないよ。」
「なぜ言い切れる?」
「光を感じたから」
ラクゥスが言うと、広い部屋の奥にある開けっ放しの窓からは風が吹き込み、白いカーテンを揺らした。

「…意味分かんね。」
それを眺めながら、独り言のように呟く。

「あ、そろそろ起きるぞ。」
「!」

清潔なベッドに寝かされていたソラは、ゆっくりとその声に目を覚ます。その様子を、銀の髪色をもつ青年は、口を噤んで見下ろしていた。
不機嫌そうな表情を見せる彼、ゼアノートとは違い、エラクゥスは瞳を優し気に細め、目が覚めたばかりのソラに声をかけた。

「おはよう。少しはマシになったようだな。」
「ここは…」
「俺達とマスターの家だ」
「えっ…?」
ソラがぱっと身を起こすと、目の前には2人の青年がいた。
街中で最初に出会った青年と、もう1人の青年。褐色の肌に、錫色の瞳。
見知った姿に、ソラの心臓はどくん、と波打った。

これは誰かの痛み?それとも、懐かしさ?

「大丈夫か?」
「…!」
左胸を両手で抑え黙るソラを、ゼアノートは慌てたように覗き込んでくる。
その声は、ソラがかつて敵対していた闇の声とよく似ているが、携えている空気の色は柔い光を纏っているようで、まるで違っていた。
ソラの瞳は戸惑いに揺らぐ。

「そうだ、食事を用意したんだ。今日はマスターが出かけていて、少し余っていてね」
「食事?そんな、俺は…」
「安心して、とは言っても信じてくれないかもしれないけど。毒とかは入ってないよ」
ベッドから少し離れた距離にある小さなテーブルを見ると、平らな皿入ったスープと、ボウルに入ったサラダがあった。
ソラはエラクゥスに促され、ベッドから足を降ろすと、テーブルの前の椅子に腰かける。
ソラは目の前の食事に視線を落とすと、ゼアノートは向かい側に座り、頬杖をつき、口角を上げた。

「俺達の魔法だけじゃ、まだ十分と言えないからな。回復するまでここにいればいいさ。エラクゥスの手料理で悪いが」
「随分な言い方じゃないか?ゼアノート。お前のスープよりマシだろ」
「そうか?」
「…ふふっ」
ソラは2人のやり取りに小さく笑みを溢した。エラクゥスとゼアノートは不思議そうに首を傾げる。

「仲がいいんだな、2人は」
「…そんな風に言われたのは初めてだ」
「ははっ、そうだな」
ラクゥスは笑いながら、ソラにスプーンとフォークを差し出した。
「あ、ありがとうっ」
「いや。それより…君の名前を聞いていいか?」
「俺はソラだよ」
「ソラ、君はどこから来たんだ?」
「それは…俺にもよくわからなくて。」
「分からない?」
「光に導かれるままに、歩いていたんだ。そうしたら、ここにまたたどり着いて…」
「また?」
「…ソラ?」
「…え?あ、あれ?」
ゼアノートに名を呼ばれ、ソラは自身の頬に手を添える。
瞳から流れ落ちた一筋の涙は、ソラの指先を濡らしていた。
「どうして?悲しくなんてないのに。」
ソラは自分に問いかけながら、手の甲で涙を拭う。エラクゥスとゼアノートは困ったように顔を見合わせた。
「何か思い出したんじゃないのかい?」
「もしそれが悲しい出来事なら、思い出さないほうがいいのかもしれない」
「ゼアノート、でも大切な何かかもしれないだろう。ソラは別の世界から来たんだ。何かがきっかけになって、戻れることがある。ソラも戻りたいはずだろう?」
「エラクゥス…ううん、俺にはやらなきゃいけないことがあるから、まだ戻れないんだ」
「やらなきゃいけないこと?」
「大切な人を探しているんだ。その人を見つけるまで、俺は戻れない」
「それは、ソラがやらなきゃいけないことなのか?」
「うん、俺が」
ソラは目の前の食事に視線を落とし、唇を噤んだ。
「…そうか」
ゼアノートは静かにつぶやく。

 

「…ソラ、スープが冷めないうちに」
「ありがとう、エラクゥス。いただきます!」

 

すぐにでも他の世界に旅立つ予定だったが、ゼアノートとエラクゥスは気にするなと、食事を終えたソラを再び寝床に戻した。
身体はエラクゥスの食事によって満たされ、その精神は瞼に手を翳してきたゼアノートによって満たされていた。
ほのかな光を感じ、眠気に襲われる。
ソラは唇を微かに開いた。

「エラクゥス、ゼアノート…俺も、ふたりと友達になりたかった…」

「俺達はもう友達だろう?」
「ソラが元の世界に戻っても、心は繋がっている」
「ああ。離れていても心は繋がっている」
ソラの手に、エラクゥスとゼアノートはお互いの手を重ね合わせた。
心なしか、ソラの唇は安心したように弧を描き、そして、眠りについた。

「「おやすみ、——」」


extra


「光は闇に敗北すると思っていた。でもなぜか分からないんだ。強く、あたたかい光を見た気がする」
「俺もだよ、ゼアノート。今は何も思い出せないんだけれど、ここじゃない別の世界にきっとある。その光は過去からも未来からも届くんだ」
「そうだな。いつの日かまた、あの光を…前の隣で見ていたい」