ネテモサメテモ。

同人置き場

もうすこしがんばりましょう

場所は、賢者の島の中部に位置する。

RSAとの遠征試合の帰路の途中で、学生の間で美味いと噂のラーメン屋に立ち寄り、腹が膨れ満足したところで、隣にある場所が目に入る。
足を踏み入れると様々な音が入り混じる屋内で、ひときわギラギラと輝く機械。
近づくと、大量の人形やぬいぐるみがケースの中に入っていた。

 

ジャミル先輩、クレーンゲーム初めてっすか?」
「あ、ウミヘビくんとラッコちゃんのあるよぉ~」
エースとフロイドに促されて覗き込んだ先には瓜二つというわけではないが、数十個の小ぶりのぬいぐるみがケース内に納まっていた。
装飾品や表情は小さいながらに誰かさんに非常によく似ている。

「これは…どうやるんだ?」
「ここにコイン入れて、ボタン押して、っと…」
エースがチープなボタンを押すと、ケース内のアームが縦と横に動いた。指を放すと、ぬいぐるみの山に突っ込んでいく。
何も掴まれないままアームは引き上げられてあっけなく元の位置に戻って来た。

「ってな感じですね~」
「ウミヘビくんもやってみたら?」
「いや、俺は…」
「あはは、下手そうだもんね。ウミヘビくん」
「…………」
「お、やる気出ました?」
フロイドの言葉に苛立ったわけではない、断じて。このアジーム家の次期当主の従者である俺がクレーンゲームひとつできないとあってはアジームの名に恥じるということだ。
すぐさま財布から100マドルのコインと取り出し、投入口に居れる。
こんなものは簡単だ。アームで引っ掻けて落とすだけだろう。

俺と誰かさんによく似たぬいぐるみをケース越しに眺めて、右を指差すマークが光る、チープなボタンを押す。
指を放すと、アームはさっきと同じく、ぬいぐるみの山に突っ込んだ。そして引き上げられた光景に3人して思わず目を見開く。

 「「「あ」」」

銀色のアームは、ふたつのぬいぐるみを器用にも、一度で引き上げる。落とすこともなくアームに抱えられたぬいぐるみたちは筒状の出口へと向かい、
取り出し口に落とされた。
屈んで取って見ると、俺と、にっこりと笑う誰かさんによく似たふたつのぬいぐるみが折り重なっていた。

 「すげ~ね!」
「ふたつ取りってなかなかないっスよ!」
「これは何が楽しいんだ?」
「それ、言っちゃいます?」

小さな紐部分を持つと、ぷらんと揺れるぬいぐるみ。
こんなものを取って喜ぶ年齢でもない。それにしても俺のこの、きりっとした眉と口角と表情のぬいぐるみに比べて、誰かさんはこちらの気が抜けてしまうような腑抜けた笑顔をしている。

「カリム先輩にあげたら喜びそうっすね~なんて」
-

***


『皆さんの頑張りはよ~く見ていましたよ!いや~、素晴らしかったです!お客さんも大盛況で!それでですね…』
つい先日学園内で行われたVDCは大反響で終えた。
残念ながら、俺とカリムの所属するチームは準優勝という結果に終わってしまったが、それでも忖度を気にせずにダンスや歌唱が許されたというだけあって、心の中にあった蟠りが少しずつ解けていく感覚はあった。
文化祭内での催しが想像以上に評判が良かったのか、大会に参加したメンバーを模したぬいぐるみやグッズの企画案が挙がっていると学園長に知らされたときは、思わずアジームの許可はと食い気味に詰めたが、むしろ旦那様は大歓迎、必要ならば出資まですると言ってのけたほどだ。

その企画に上がったぬいぐるみとやらが巷にあるゲームセンターとやらのクレーンゲームの中に並び、ヴィル先輩のファンを始めとした客層が挙ってゲームにハマっているらしい…とエースにマジカメのスクショを見せられ、試合終わりに寄る羽目になったのだ。
大方、主に女子で占められているファン層を狙って、少しの下心があったエースに都合よく連れて来られたとも言う。

掌に納まりの良いぬいぐるみ。寮に戻って来てから談話室でさてこいつらをどうしようかと思考しているとどこからともなくぱたぱたと走る音が聞こえ、それは背中にぴたりとくっ付いてきた。

ジャミル!おかえりっ!」
「っ…!急に抱き着いてくるな!びっくりするだろ!」
「すまんすまん!」
なははっ!とひとしきり笑ったカリムは俺の手元にあるものを見つけてきょとんと小首を傾げる。

 

「おっ、なんだこれ?」
「これが学園長が言ってたグッズ、ってやつだよ」
「文化祭の?」
「そう。遠征帰りに立ち寄った」
「へえ~!オレとジャミルにそっくりだな!すげー、よくできてる!」

ぬいぐるみをカリムに渡してみると、きらきらと輝く瞳で見つめていた。
…ふと、エースの言葉を思い出す。

 

「そんなに欲しいならやるよ」
「へっ?」
…あ、しまった。
と思ったころにはもう遅く、自然と放った言葉にカリムはあんぐりと口を開けてこちらを見た。これが腑抜けた顔だ。
互いに17歳になる年だ。さすがにぬいぐるみをもらって喜ぶ年齢でもない。

「カリム、今のはー」
今のは間違い、気の迷いだと、訂正をするつもりがぬいぐるみごと掌をぎゅっと握られた。

「オレ、一生大事にするな!」
「え?あ、ああ。うん」
「ありがとう…すげえうれしい…」

昔話で聞かされた姫様のように、コソ泥が摘んできた花飾りひとつで喜ぶみたいに、たかがぬいぐるみのひとつやふたつに頬を寄せ、カリムは目尻を下げる。
「……」
「ん?なんだ?」
思わずその頬に手を当てると、カリムはこてんと顔を傾げる。

『カリム先輩ってラーメンを食ったこともなけりゃ、ゲーセンもカラオケも行ったことないでしょ?』
『俺らみたいに~、寄り道なんてしないんじゃない?』

 

「…お前の」
「?」
「食べたいものは俺が作るし、景品のぬいぐるみもくれてやるし、放っておけばお前は1人で呑気に歌ってるだろ?」
「ひゃみう、なんのはなひら」
「フッ」
両手でふにふにと両頬を弄ぶと、カリムは制止するように俺の手首を掴む。俺に甘やかされて蕩けたような柔らかい頬は案外触り心地が良い。俺にはそれを楽しむ権利が少しぐらいあってもいいだろうと思う。

「お前は外に行きたいと思うか?」
「ん?そと?」
ひとしきり頬の柔らかさを堪能したあとに、手を放してやるとカリムは夕陽の差し込む窓の方向へ顔を向ける。

「明日も天気良さそうだもんな!あ、そうだ!明日は弁当を持ってみんなでピクニックでもするか!?」
明日は休日だし!と、にこにことした顔が夕陽に照らされる。

「90点だな」
「へっ」
「質問に対する答えだ。まあ、上出来だ」
「?」
「でも弁当ってなんだよ。誰が作ると思ってるんだ」
「いでっ!」
形の良い額を人差し指で弾いてやると、カリムは大げさな声を出す。俺が弁当を用意するだろうと期待した眼差しは、夕陽を浴びてきらきらと光り輝く。

それを見ていると、悪い気はあまりしなくなってきた。

 

***


『オレとジャミルにそっくり!#VDCのグッズ!#ぬいぐるみ#よくできてるぜ!』

更衣室で制服に着替えながら、新着投稿を知らせる音に誘われてマジカメアプリを起動する。

軽音部のアカウントはカリムと昨日渡したばかりの二匹のぬいぐるみの写真を載せていた。軽音部のメンバーが、ウインクをするカリムの両頬にぴたりとぬいぐるみを寄せている。正直、名門校に通う男子高校生とは思えぬ雰囲気が、この部内には漂っている。

 

「……99点だな」
「あ!昨日のじゃないスか?やっぱカリム先輩にあげたんすね」
「……後ろから覗き込むなんて感心しないぞ」
先ほどまで1年生用の練習メニューをこなしていたはずの後輩に振り返り、じとりと睨む。

「そう言わないでくださいって!あ、お詫びにカップラーメン食います?」
「…?」
ちょうどできたところなんですよ~と、エースは箸と手に何か持っていた。よく見ると、他の部員たちも同じようなものを手にしている。
発泡スチロールにロゴの入った容器の蓋を外すと、湯気と共に匂いが立ち込めた。
中身を見せられて、確かに、麺に近い何かと、薬味に近い何かが入っている。

 

「なんだ?これ……」
「えっ?!知らないんすか?」
「湯切りはどうするんだ」
「…なんていうか、ええっと…ジャミル先輩も箱入り、っスよね…」
「は?」
「あ~、なんでもないっす。フロイド先輩にあげよ~っと」