ネテモサメテモ。

同人置き場

雷雨

 空を見上げると、鼻先にぽつりと雨粒が落ちてきた。小さな雨粒はやがて大きな雫と変わり、慌てて手を引く。中庭から屋根のあるベランダまで走りきると、雨音は激しさを増し、大きな飴玉が落下しているような音に聞こえた。カリム自身や、服が濡れていないか、確認をしようと正面に向き合う。

「カリム、だいじょうぶ」
 か。 
 空中に、強く光る白。雨雲の向こう側から少し遅れての、地鳴り音。両肩がぴくりと跳ね、不安げな表情をしてしまうと、カリムは目を丸くして見つめてきた。
次に白く光った時には、カリムの両手を握り。またしても轟く音に対して、ついに、その小さな身体をぎゅっと抱きしめてしまった。

「…ジャミル?」
「……」
「こわいの?」
 身体の震えが伝わってしまったようで、カリムはきょとんとしつつも背をゆっくりと撫でてきた。顔を僅かに横に振り、否定の意志を示す。こわくていいわけがない。だってこわいことはもっとたくさんあるんだから。空を見上げる。雨も雷も止む気配はない。どうしていいか分からずに、けれど、カリムはしっかりと抱きしめ返してきた。とくん、とした、ゼロ距離の心臓の鼓動に耳を澄ませていると、部屋の中から大理石の床をコツコツと鳴らす足音が聞こえてきた。次第に大きく聞こえ始めたそれは、2人の前でぴたりと止まる。

「カリム様!」
 ジャミルと良く似た顔の大人の女性が小走りにやってくる。ああそういえばジャミルのかーちゃんだったっけ、とカリムは、初めて出会ったときのことを思い出す。女性は、その場で膝をつくと、真っ白い上等な素材で出来たタオルをばさりと目の前に広げた。

ジャミルも、こちらに来なさい。まったく、こんなに濡らして…ジャミル?」
 名を呼ばれても、ジャミルはカリムの首元に顔を埋め、いや、と首を横に振るだけだ。首元が、雨以外のなにか熱い雫で濡れていることに気づいたカリムは、女性に向かってぱっと小さな両手を差し伸ばす。

「おれがふいてあげる!それ、ちょうだい!」
「カリム様、いけません。私めが拭かせて頂きますから…」
「おれがふいてあげるの」
「ですが…あっ」
 少し強引にタオルを掴んでしまえば、大人達はその手を放すしかない。つい先日、7歳の誕生日を迎えたカリムは、それを少しずつ理解していくようになった。手にしたタオルを、真っ先にジャミルの頭にふわりと被せ、両手できゅっと抑えてやると、ジャミルはようやくカリムの体からゆるりと離れた。濡れた瞳がじっと、睨むようにカリムを見る。

ジャミル、もうこわなくないからな!なくな!」
「ないてない!」
「そうか、ならよかった!」
「ッ…」
「わっ!」
 にこりと笑うカリムに、ジャミルは顔を赤くしてぐっと口を噤むと手を制してタオルを掴み、ふわりとした銀色の頭に向かって被せてきた。視界を奪われつつも、そのうちに、けらけら笑い喜ぶカリムを無視して、乱暴に頭を拭いてやる。

 自身の母親が、その行動に何か咎めるようなことを言ってたような気がしたが、激しい雨音を言い訳に聞こえないことにした。あと数か月もすれば誕生日を迎える。数か月だけの同い年を堪能する幼馴染は、自分より体格は小さく、どこまでも頼りない存在だった。

 

一瞬の白い光に目が眩む。
 身体を起こして、耳を澄ませると、やはり遅れてから空の向こうから轟く音。窓の外をちらりと見たあと、広すぎるベッドに片腕を付き寝転び直す。カリムはすぐ傍にきた体温に、くるりと体勢を変えた。

「…その顔、やめろ。ニヤニヤするな」
「ふへへ」
 口元が緩すぎるカリムの柔肌を軽く抓ってみるが、大した効果がないのか、眉を下げて気の抜けた声で笑うだけ。子供のころの時を思い出しているのは明白で、面白くない。待望の第一子、花よ蝶よと大事に育てられてきた目の前の箱入り息子は、家庭内の事情で幼いころは邸の敷地内でしか遊ぶことを許されなかった。恐れ多くもその遊び相手に選ばれてしまったのは幸か不幸か。少なくとも両親は喜んでいた。

「もう怖くないか?」
 ひとまわり小さな手が頬に伸ばされる。
 こいつはどこまで人の地雷を踏みつければ気がすむのだろう。ふにゃりとした顔つきがやっぱりムカつく。いつまでお遊びの相手をしなければいけないんだ。もしかして一生か?頬に添えられた手首をぎちりと掴む。この手首の細さは一生、俺より太くなることはないだろうに。

「怖くない、泣いてない」
 手首は離さずに、顔をそらして、外の空気を煽る。半分開けていた窓の隙間からぽつぽつと雨粒が入ってくる。これはそのうち激しさを増していくだろう。
 さっさと閉めて、カーテンで隠す。
 雨音が大きくなり、そこに地響き音も混じってきた。

「そうか、よかっ、」
 最後まで言わせたくない。

 力を込めて、上半身を倒すと、カリムはあっけなくシーツの海の上へと素直に倒れてくれる。
「ン、」
 アジームの紅い宝石とまで呼ばれるようにまでなったその瞳が、なんとも嬉しそうな色を見せるものだから、裸の身体をがっちりと抱きしめてその瞳と生意気な口唇を自身のそれで閉じこめる。唇の隙間から漏れる吐息は、とてもじゃないが箱入り息子だとは思えない。
 誰が怖いだって?ただの雷だぞ?いつまであの頃のままだと思ってる?
「ふっ、んっ…」
 上顎も歯列も舐って、奥からひっぱり出すように舌を突き出し、絡めとる。生ぬるい温度のせいで、脳内がふやけていく。その鼻にぐぐもった声のせいで、もっと欲しくなる。口内を堪能して、最後に上唇におまけの口づけをしてやると、とろりとした視線が合う。

「あんまり苛めてくれるなよ、ご主人サマ」

 カリムは続きを促すように、首に腕を廻された。

 外は激しい雨が降り注いでいる。止む気配は当分ないらしい。