ネテモサメテモ。

同人置き場

なんてやさしい食卓

  主人の食事を終えてからの使用人の仕事は多い。
 銀の食器を片付けて、残された食材はすべて廃棄。家畜の餌にもならない。前日に誰かが毒に当たった、となると翌日に残され廃棄されるものは多い。

 今晩のカリムは、一口食べただけで、そのほとんどを残してしまっている。最悪だ。
あれだけ時間をかけて前日から煮込まれた牛肉も、手間をかけて見栄えを良くした芸術品のような果物の盛り合わせも。中には好物の果実だってあったはずだ。そのどれもが手を付けられることなく、食事は終了した。
 カリムの兄弟達も使用人の苦労なんて露知らず、好物だけ掻っ攫い好きなだけ食べると満足して部屋を出る。長男故の責任感なのか、下の兄弟達を椅子に座ったままにこりと見送る。

「今日は体調が悪くて、ごめんな。」
 食べられなくて、ごめん。

 最後にそう言ってナプキンで口を拭うと、席を立ち、カリムは部屋を出た。使用人にいちいち謝ってくるのも、アジーム家の中ではカリムだけだ。滑稽だと思う。そしてコイツは人知れず、手洗い場へ行くのだ。それを知ってるのは今のところ、俺しか居ない。
 食卓を片付けて、両手を隈なく洗い、カリムのいる場所へ行く。
 来てくれると期待していたかのように手洗い場の部屋は開いた。いつも鍵を掛けろと言ってるが、すぐ来てくれるだろう?と力なく答えられてしまっては何も言えなかった。”鍵を掛ける暇がないほど苦しい”と気づいたのはつい最近のことだ。

「カリム」
「…お、えっ…ぐっ…、ッ…!」
 背中を摩ってやり、口内へ中指を突っ込む。カリムは吐いた。腹には一口目のスープ以外何も入っていないのだから吐くものは何もないが。吐き出されたものは食事ではなく、スープに混入されていた少量の毒だ。致死量ほどもない、ただの嫌がらせ程度。
皆の食事が終わるまで我慢できると思ったのだろう。本当に滑稽だと思う。

「カリム、水は出せるか」
「う…うん…」
 懐から出した解毒剤の瓶を数滴掌に垂らし、両手を器に見立ててカリムの目の前に翳す。カリムが念じると、少量の水がぽつりと降り解毒剤と混じってやがて両手いっぱいの水たまりができた。神に献上する器のように口元に寄せてやると、カリムは身を屈めて小さな唇で啜った。
 時間をかけて、ゆっくりと、丁寧に。

 家族と食事する時だけは誰も疑いたくないからと、解毒剤を持ち込むのをやめたカリムの代わりに、こうして懐に瓶を忍ばせて仕事をこなすのは俺の役目だった。

「ありがとう、助かった。ジャミルは優しいな」
 こうしてる間にも俺にはやるべき仕事がたくさんある、と思っていたが、安心しきった顔を向けられると無碍にはできなかった。

「…お前、そのうち死ぬんじゃないか?」
「……ははっ。」
「笑うな。」
「いでっ!」
 頬を抓ると、憎たらしい体温を感じた。優しい奴なんてこの家のどこにも居ないのに、滑稽な奴。

 俺を含めて。