ネテモサメテモ。

同人置き場

スカラビア寮生による報告

 【寮生Aより】

 

すやすや。

 聞こえる、寝息が。最初、目を疑った。あれ?うちの寮って、赤ちゃんいた?誰か魔法薬被った?違う。よく見たら赤ちゃんのサイズではない。

「むにゃ…」
 ?????宇宙猫、スペースキャット。俺だけじゃない。他の奴らにもスペースキャット化現象が起きてる。談話室の中央で、両手でむにむにと目を擦り、膝を立てて、くふふと笑う。
 あ、良い夢でも見てんすね。美味しい飯でも食べてんのかな?ちょっと涎が出てますね、寮長…。他の奴らが言う。寮長、こんなとこで寝たら風邪引くよな…。他の奴らが言う。そうだ!と閃いた俺は、先日の模擬試験でMVPを頂いたばかり。周囲に優秀さを知らしめることができた。あの時の蛇の視線は怖かったけど優越感があった。
どーだ!まいったか!と思っていたら、すごいなお前!と、すやぴぴ寮長からお褒めの言葉。あ、もうほんと、好き。と思った。

 自分の寮部屋に戻る。あまり使ってなかったブランケットがあったはず。引っ張り出して丁寧に畳んで、再び談話室へ。お風邪を召しませんようにと、すやぴぴ寮長の体にブランケットをそっとかける。

「ん…」
 まだまだ幸せそうな寝顔を浮かべている。よかった。俺は未だかつて寮長を裏切ったことなどない。あの時も意見を変えてゆく寮生たちを説得しようと最後まで足掻いていたのは俺だ。むしろ中盤から蛇の目の方を疑っていた。だって17年間、一緒に居て情緒不安定で済ませるか?普通。普段からマウント取られまくってる身としては矛盾、違和感だらけだった。
 蛇の目に散々なことをされた。それでも寮長は、奴を許し、その上自分にも否があるなんて言い出した。実際のところは分からない。2人のことは、まだ2年弱の付き合いしかない俺には知り得ないことがある。ただ、俺が目にした正しい事実は、俺が慕っている寮長が、信頼していた奴に裏切られたということ。じゃあ、傷ついたであろう寮長を励まして、心配するのは当たり前のことだろう。
傷つい…
「ん〜…う〜」
てる…?
「めっちゃ寝てる…」
 すやぴぴ、寝返りをうつ。
 天使の寝顔という言葉通りの顔に、この間の副寮長クーデター事件は夢だったのか?という錯覚に陥りそうになった。裏切られたよね?泣いてたよね?それを踏まえて、時間をくれないか?って、シリアス顔で言ってたよね?幻覚だったのかな…宙を一瞬見て、目元をごしごし擦っていると、後ろから人の気配がした。

「またこんな場所で寝てたのか…」
「アヒッ」
 蛇の声に、心臓が跳ねた。素っ頓狂な声を出して振り返ると、やれやれ後方彼氏面をしている副寮長様が居た。すやぴぴ寝顔を眺めて、困ったように眉を下げる。
俺には分かる。この目はどう見ても、寝顔を堪能してる時の。
「このブランケット、お前のか?」
「お、おう…」
 あの日からキャラが変わった副寮長は俺のことを君と呼ばなくなった。ちなみに殺意も隠さなくなった。殺意とはお察しの通りである。
「え」
 寮生からブランケットを取り、丁寧に畳んで、胸元に押しつけられた。反射的に受け取ってしまうと、蛇の目がにこやかに笑う。
笑って、すやぴぴ寮長の背中と膝裏に腕を通し軽々と持ち上げて見せた。

「気が効くじゃないか?」
 お前にしては。
 聞こえない言葉が聞こえた。
 天使の寝顔を抱いて上機嫌な蛇の副寮長は俺に背を向けてさっさと歩き出す。談話室出口付近には、寮長を心配する寮生たちが列を成していたはずが神様が舞い降りた時の荒波のようにさっと引いていた。副寮長は神じゃあ、ない。
ああなんだ、と、蛇が言う。

「お前たちも心配してくれていたのか?こいつは幸せ者だな」
 マウントが止まらない。数人の寮生の目が死んだ。

「後は任せておけ。カリムは俺が、部屋で寝かせるから」
じゃあな。

俺の目も死んだ。

 

 

 

【寮生Bより】


 ねみい。眠いけど、腹は減る。休日の朝。部屋を出てキッチンへ向かう。なんかあったかな。気怠げに歩いていると。

 ガッシャンッ!!!!!!!!!

「え、何?!」
 食器が揺れる音?まさか寮長が何かやらかした?怪我でもしたら大変だ。急いで向かわなければと走る。走っていると、後ろからギュンッと風が吹いた。ひらりと舞うのはシルク生地の寝巻き。いい香りのおまけ付き。走って横に並ぶ。
「寮長ッ?!」
「おっ!おはよう!」
「おはようございますっ」
「すげー音したよな!」
 なっはっは!と笑い、2人揃ってドタバタと息を切らしてキッチン入り口へ。あれ。寮長がここにいる。じゃあ誰だ。キッチンにいるのは。
ジャミル、大丈夫か?!」
「……」
 食器を置いている副寮長の後ろ姿に声をかける。どうやら割れてはいないらしいが、答えない。ああその態度にイラつく。振り返り、こちらに向かってきた副寮長はあろうことか。
「おわっ」
「は?」
 ぎゅと正面から無言で寮長を抱きしめた。
 どうした?という寮長の問いかけに人差し指でキッチン奥にある冷蔵庫の下を指差す。これは…
「ごk…」
「皆まで言うな」
 キッ!と虫嫌いな蛇の目が寮長の背中越しに俺を睨む。虫とかいうレベルではない。いやそもそも、寮生全員、念入りに毎日掃除をしている。季節の虫が侵入するならまだしも、ごk…あえて、Gと言おう。Gがキッチンに?熱砂の大富豪跡取り息子が住む空間に、G?考えられない。
 んん?と、寮長は目を凝らす。
ジャミル、ちょっと離してくれないか?」
「お前は俺を1人にするのか…」
「1人じゃねーだろ、俺のこと見えてんだろ」
「見えないな」
「あ"?」
 ぷいと顔をそらす、蛇。腹立つ〜!!!!やっぱりこいつはいけ好かないバチバチと火花を散らしそうになっている俺たちをよそに寮長は冷蔵庫下にしゃがむ。ひょいとG…を摘んだ。
 ヒッ!と声を上げたのは蛇の方だ。
「馬鹿!触るな!バッチい!」
「なんでだ?これおもちゃだぜ!」
「えっ」
「やっぱりな…」
 そう、思った通りだ。寮長に掴まれたそれは動かない。ゴム素材でできているのか、ぷにぷにと弾力性もある。誰かの悪戯。それは間違いなく、副寮長の虫嫌いを知ってる人間。寮長に許され、愛の加護を施されている、副寮長に嫉妬してる人間の仕業…
「……」
「俺じゃないからな?!?」
「大丈夫だ!ここにいる誰もお前のこと疑ってないよ!」
「どうだか。カリム、こういう奴に限って腹の中じゃ何考えてるか分からないんだ。気を付けろ」
「どの口が言ってんだ…」
 お前だよお前。またちゃっかり、後ろからがっちりホールドして寝巻き寮長SSRを抱きしめてるお前だよ。距離感。ここがソーシャルディスタンスを求められる世界なら、有罪だ。
「でも、悪戯は感心しないなー。やるなら正々堂々としないとな!」
「本当にな」
 おまいう?
 自分の手は極力汚さず、周りを洗脳し寮長にヘイトを向けようとしていた張本人は呑気に寝巻き寮長を堪能している。俺には分かる。放っておいたらその寝起きのふわふわ白銀頭を吸い始める。それは阻止したい、と、寮長から蛇を剥がそうと手を伸ばすと。
「怖かった…」
 捨てられそうな子犬みたいな声を出す。ぎょっとする俺と、きゅんと心臓を掴まれたような顔をする寮長。
「そうかっ、驚いたよな、ジャミル…。ほら、おもちゃだったんだしもう気にするな! それにいつもお前たちが掃除してくれてるだろう?虫なんて今までもこれからも絶対出ないぞ!出たとしてもオレが退治してやるって!だから、安心してくれ」
 寮長はくるりと蛇に向き合い、よしよし!と頭を撫で、背中を摩り、掌でぽんぽんする。ぐずる子供のように寮長の肩に顔を埋め…てるように見せかけて、寮長の髪から香るいい匂いを堪能している!俺には分かる!あわよくば吸っている!!
 蛇は俺に向かって、べえっと長い舌を見せた。
「このクソ蛇…その辺にしとけよお前…」
「カリム…あいつ怖い…」
 ぴえん顔。
 お前はその顔を許されるキャラではない。キャラ変も大概にしろ。って、思うのに、我が寮長はこのぴえん蛇副寮長に絆されすぎている。
 寮長は困ったように幸せそうに、笑った。
「お?2人とも、いつのまに仲良くなったんだ?」
「「仲良くない!!!」」

 副寮長の座、カリム・アルアジームの隣席、相棒、マブダチ、その他諸々の称号を得る戦いは、当分終わりそうにない。