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TWST・KHの非公式二次創作置き場になります。公式様とは一切関係はございません。CPは、twst→ジャミカリ(カリム右固定寄り)、kh→空受け全般です。同人にご理解のない方は閲覧をお控えください。又、無断転載・オークション等への出品などは固く禁じております。
管理人・製作者/ゆるた
⚠リンク先がないものはただいま準備中です
BOOK(未定)
Dolls (ジャミカリ・パラレル・ドール特殊設定) (ページ数・価格未定)
➥◆Dolls序章 (サンプル)
※執筆検討中。
TWST
※すべてジャミカリ前提です。他キャラ・オリキャラ多数出演しています。
※R指定の絵はポイピクに置いております。(要・フォロー&ログイン)
NRC編
ようこそ、おかえり/やがて晴天へ/スカラビア寮生による報告/毒にも薬にもならない約束/もうすこしがんばりましょう/
アジーム捏造編(幼少期・学園卒業後等。モブ・オリキャラ多数・カリム既婚描写あり・アジーム内の治安は悪め)
なんてやさしい食卓/雷雨/密やかなる/花は摘まれた/原石に捧ぐ/使用人Aの日誌/たとえばなし/ナイト・フラッシュ・バック
パロディ
Dolls序章(新米建築家と特殊設定ドール)
TRUE END WORLD*(4章成功軸ジャミルVS失敗軸ジャミルの異世界話)
落描き絵
Dolls設定集/アジーム捏造/ゲーム内イベント編(ガラ・スケモン)/ タイムレス初期設定画/落日を呑む設定画/拍手絵/旧スカラビア寮&アジーム記念館について
KH
※すべて空受け前提です。
※R指定の絵はプライベッターに置いております。(要・ログイン)
☆→陸空 ★→若空 △→六空(その他・空受け)
やがて晴天へ
「果実はほとんどのものに、種があるんだ」
その人は葡萄を一粒摘み、皮を剥いていく。小粒だが、中からいくつかの細かな種が出てきた。
「旦那様もカリム様も、以前喉を詰まらせたことがあってね。一粒の種だって許されない。私たちの仕事は、そういうものなんだ」
「…はい。」
隣に並んで、艶の良い赤色の林檎を手に取る。ナイフの扱いに慣れてきたジャミルは、皮を剥き終えると縦に半分に切り分ける。柄の持ち方を変えて、中から出てきた黒い種を取り除いた。
「期待を裏切ってはいけないよ、ジャミル。食事を任されたということは、アジームからの信頼の証だ」
同じように信頼されているこの人は、アジームの話となると緊張感を身に纏うような他の大人たちとは違う。優しく、纏う空気は穏やかで柔らかく…カリムもジャミルも心を許しているうちの1人だった。
綺麗に取り分けられた林檎を見て、その人は笑顔を見せてくれた。
「上手になったじゃないか!次は、デザートだけでなく、昼食の手伝いもしてもらおうかな」
「は、はいっ…!」
はにかむジャミルの頭を撫でる手つきも優しい。
「さあ、カリム様に持っていこう」
たくさんの果物が乗せられたプレート。どれも一級品のものではあるが、アジームの食卓に並ぶには少々見栄えは地味だ。けれど、カリムは、その人とジャミルが選び並べたものだと知ると目に見えて安堵の表情に浮かべ、嬉しそう気に目を細める。
やりがい、とはこういう物かもしれないと感じられたのは、10歳を迎えた頃。
同い年だから、今後、家の監視のない学校に通うこともあるかもしれないとアジーム側の命令ではあったが、カリムのために料理を覚え始めた。教えてくれる彼は、長年アジーム家の食事管理を任されている、人望のある人。幼い子供相手でも必ず目線を合わせて、平等に接する。隙間時間ができれば、カリムの兄弟たちはじめ、ジャミルの遊び相手にだってなってくれる。
博識で、変に子供扱いをしない。だが、嫌みは全くない。彼の大きな掌で頭を撫でられるのが好きだった。
「ッ、がはっ…」
「…カリム?」
彼の用意した食事を口に含み、カリムが口から泥のような血を吐き、倒れるまでは。
***
白蛇が空中を舞う。カリムの頭上にだけ、嵐のような雨が降り落ちる。まるであの頃の泥血を流しきるように。祈りを捧げるように両手を組み、虚な表情をするカリムの身体全体に、ヴェールを思わせる無数の白蛇が舞う。ターバンは解け、首元へと収まる。そんなに、巻きついてしまうと、呼吸が、脈が。
「ボサッとすんな!」
背後から舌打ちが聞こえて襟元を掴まれ、後ろに倒れる。白蛇が一瞬こちらを睨みつけてきたようで、警戒したレオナは、呆然としたジャミルを後ろに追いやった。カリムの頭上にあった雨粒が横殴りの雨風に変わり、その場に吹き荒れる。
「クッ、視界が濁ってよく見えないわ…!」
「これでは、カリムが生きているかどうかも…」
「生きてますよ。でなければこの雨風の説明の仕様がない」
「えーと、白蛇の数は、10、100…」
「…攻撃をしてこない。人の子と聞いてはいるが、これではまるで…」
天候を容易くも操る、神の子ではないか。
「ーーーー!」
マレウスの言葉に、カリムが大きく口を開いた。雨風に掻き消されて、何も聞こえない。白蛇は徐々に集まり、一匹の大蛇と化す。カリムの身体を軸に、ゆっくりと塒を巻き始めた。
カリムはオーバーブロットを引き起こした。この場にいる誰もが、予想だにしない。理由も、分からない。なにせ、カリムは、オーバーブロットを起こす直前と直後に全く言葉を発しなくなったのだ。おまけに感情すらごっそり抜け落ちたように見える様は、目の前にいるのが本当にカリムかどうかなのかすらわからない程。唯一の判断ができるとするならば、両耳を飾る大ぶりのピアスと、魔法石を中心に置いた髪飾りに、鮮やかな臙脂色のターバン。
寮長クラスの知識と頭脳を持ってしても、ただそこに存在するだけになってしまったカリムへの対処がわからない。感情の見えないカリムを目の前にして、お前が1番よく知っているはずだろ、と、レオナに振られる。
そう、よく知っているはずだ。カリムがそうなった原因は。
「…裏切られたんだ」
ハッ、と鼻で笑われる。
「だったらてめえで後始末しろ」
「今まで、散々、」
「…おい、」
「俺も、あいつを裏切ったに変わりはない」
カリムにとっての最後の砦を壊し、崖から突き落としたに違いない。
でもあいつは友達になりたいと笑うものだから、毒を盛られ、誘拐され、命が危機があったとしても、能天気にけらけらと笑うものだから。
カリムは白蛇にじわりと、覆われていく。
「カリム!クソッ…!」
「やめるんだ、ジャミル!」
白蛇に向かって咄嗟に魔法を放つと、白蛇は苦痛に呻き声を上げる。リドルはジャミルの魔力を一時的に制限するための呪文を唱えた。ジャミルはリドルをキッと睨みつける。
「なにをするんだ!」
「こちらの台詞だよ。あの大蛇は僕たちに攻撃をしてこない。カリムと一心同体の可能性もある。…おわかりだね?」
「だが、あのままではっ!」
「言いたいことは分かります。ただ、どれほどの魔力を秘めているかわからない。」
「無抵抗のモノを攻撃すると大きな報復を受けるっていうのは万国共通認識っすわ、ジャミル氏」
アズールとイデアは、傷ついた白蛇に向かって回復魔法を放つ。が、胴と尾を全身で動かしながらそれすらも拒否の態度を示した。
「…完全に警戒されたわ。」
ヴィルは舌打ちをして、重ねるようにかけるつもりだった回復魔法の放出しようとしていた手を止める。
「…そう、どちらが先に手を出すかはとても重要なこと。正義を示し翳せば、国同士の争いの始まりになる。」
「マレウスにしちゃあ、まともなことを言うじゃねえか」
「キング・スカラー。お前が1番よく知っていることだ」
レオナは、軽く笑うと、ユニーク魔法で雨風から庇うようにカリムの周囲に砂の壁作り上げる。それを補強するようにマレウスは、木属性魔法で固めていく。カリムと白蛇に一切の雨風が吹き荒れぬよう慎重にかけられた魔法は、小さな城を作り上げた。白蛇は赤い瞳を瞬き、出来上がった砂の城に長い舌を伸ばす。
塒に一瞬だけ隙間ができた。
両手を組み、目を瞑ったままのカリムの姿が現れる。今しかない、と、ジャミルは飛び込むように駆け出す。カリムの祈るように組まれた指の、細い手首を掴むと、身体全体に痺れが走った。
「ッ…カリム…!」
「……」
痺れから確かな痛みへ。どの属性にも値しない魔力に、ジャミルが名を呼び眉を顰めると、虚な瞳がじっと眺めてくる。腰を抱き寄せると、白蛇はカリムに再び巻きつき、ジャミルに対して威嚇の姿勢を見せた。全身が焼き切れそうな痛みを感じるが、血が出るような明確な攻撃も反撃もない。此処に留めようと、カリムに執着する大蛇の紅いつぶらな瞳と視線を合わせて、にやりと笑う。
ーああ、そうか。お前は。
「こいつは俺の主人だ。返してもらおう」
カリムを抱き寄せると、白い大蛇は、暴れ狂うように鳴いた。
「オフ・ウィズ・ユア・ヘッド!」
リドルが叫ぶと、現れた枷が大蛇の動きを封じた。開かれた口から覗く、細長く赤い舌先が、混乱に喘ぐ。カリムが側にいないと分かると、徐々に諦めたように身を投げ出し、蹲った。砂の城の中で、守るモノを失った大蛇は自身に向かって閉じこもるように塒を巻く。
その様子を、うっすらと、自身の姿に重ねてしまうのはイデアだった。
大人しくなった大蛇を見て、暫くはこれで良さそうだ、と、リドルはジャミルに振り返る。
「…それで、どうします?この状況」
アズールはジャミルの腕の中のカリムを覗く。呼吸はできているようだが、違和感を映すのは虚ろな眼だ。
「魂と肉体の分離…」
ぽそりとイデアが呟いた言葉に、ジャミルが顔を上げる。
「あんた達、経験者でしょ?どんな感覚だったか覚えてないわけないわよね」
腕を組み、リドル、レオナ、アズール、ジャミルを視線で一層するのはヴィルだった。
レオナは気怠そうに呟く。
「なんの参考にもならねえよ。毒を外に吐き出せねえ奴は例外だろ」
「…攻撃をしてこないなら明白よね。カリムはその毒とやらを体内に呑み込み続けている。…なんの毒か、この私でもわからない類のものだろうけど」
ヴィルは、カリムを抱くジャミルに視線を落とす。
魂がそこにあるのかないのか。カリムは誰の視線とも焦点の当たらない瞳で、空を見ていた。祈りを捧げていたはずの両手はだらんと下がり、ジャミルに身を預けているようだった。
「あった…これだ。魂を呼び寄せるための、夢見」
イデアは持っていたタブレットの画面を拡大する。その文字に、ジャミルは目を見開いた。
「夢見…?」
「無属性魔法の術式のひとつで、昏睡状態の人間の状況を探るために研究された古代魔法。対象の夢に侵入して、原因を突き止める。ただこれにはリスクがあって、その夢に引きずり込まれてしまうと侵入者もろともミイラ取り。事例はいくつかあるね。とある国では夢見で三途の川を渡ると終わりだ、なんて言い伝えもある。」
「カリムが夢を見ているなんて補償は…」
「ないね。けれどカリム氏の本体側は、目に見えないどこかを彷徨っているのは確かですぞ。あの大蛇は別物だった。要は付属品、おまけってやつ。ラスボス最終局面に出てくる子分。だからあいつを倒してもボスはダメージ受けないよね。あ、待って、そういうゲームがあったから参考に…」
「…ここでじっとしているよりも試した方がましだ。俺が行きます。イデア先輩、方法を」
対象者の手を握り、目を閉じる。外部から魔法師数人による微量の干渉魔法を夢見侵入者に与える。著しく体力魔力が下がる危険性があるため、対象者侵入者に同時に回復魔法も開放しなければならない。
ジャミルは静かに目を閉じた。
「本当に、感謝してもらいたいわね」
「感謝だけじゃ足りませんね。それに見合った償いをしていただかなければ」
「ボクはユニーク魔法を使ったばかりだからね。お手柔らかに頼むよ」
「赤毛の坊ちゃんはさすが、貧弱だな」
「キング・スカラー、無駄口を叩く暇があるなら魔力を出せ」
「あ"?」
「…ラスボス前は、一致団結が定番ですぞ…」
***
目を開いて飛び込んできた光景に、はっと息を飲む。
澄み渡る青空。青く生い茂る地面に彩りを与えて、咲き誇る小さな花々。視線の真っ直ぐ先にある大樹を取り囲むように蝶や花弁が舞う。これがカリムの夢?
「…ふざけるなよ」
立ち上がって、進む。精神が現世と分離しかけてる人間の夢とはとても思えない、穏やかで気候の良い空気。冷たい雨風も、塒を巻く大蛇もいない。これじゃ現世が地獄だと訴えかけているようで。
「人の気もしらないで…!」
拳を握り、辺りを見回す。この夢のどこかにカリムが居る。
道標のように佇む大樹にたどり着き、上を見上げる。果実のなる樹だ。なるほど、夢らしく、現実ではありえない種類の実をつけている。
カリムの好きなココナッツに、マンゴー、それからバナナ、イチジク、桃、…林檎と、葡萄。
「…ジャミル…」
久方ぶりに耳に響いた声に、振り向く。果実を両手に抱えたカリムが居た。
「…どうして、こんな場所に…」
「…お前を連れ戻しにきた」
そんな幻想の果実、さっさと捨ててしまえと、手を伸ばす。
「嫌だ!」
カリムは足を後ろに引いてジャミルを拒絶した。苛立ち、逃げる両肩を掴むと驚いた拍子に両手から果実が地面に落ちる。
「あ、嫌だ、そんな」
緩やかな斜面になっていたのか、カリムの手から離れ落ちた赤い林檎は転がりゆく。追いかけようとするカリムの腕を掴む。
「放してくれ!」
カリムは悲鳴にも似た、甲高い声を上げた。
「…よく聞け、カリム。戻ったらいくらでも食べさせてやる。だから、追いかけるな」
「いらない…そんなの、いらない…だって、お前は、オレを裏切ったじゃないか!」
ジャミルの手を払い、その場に崩れ落る。カリムは顔を両手で覆った。全ての林檎が見えない先の芝生まで転がり落ち、消える。
「ここに毒はない。毎日腹一杯の、果実を食えるんだ。」
「たった1人で?宴はどうする。誰を呼べる?」
「もう、誰もいらない。」
ー最初は、旦那様の第二夫人の子息関係だったか。カリムの次男にあたる血筋の。
グラスの淵に毒が塗られていた。問いただすと、『私の子のほうが優秀だから』
次は旦那様との商談でよく邸宅を訪れていた人物。カリムは外部の大人としゃべるのが楽しかったそうだ。ある日差し出された袋の中の菓子を摘んで、口に含むと、瞳孔が開き、息が止まった。問いただすと、『カリムに間違われて誘拐された息子は、精神に異常をきたした。二度と外には出られない。同じ気持ちを味わって欲しい』
その次、アジーム家の料理番。誰しもが慕う人だった。ジャミルに料理の基礎を教えてくれたのも彼だ。人格者だった。だが彼には病弱な幼い子供がいた。満足に歩けず、息をするにも困難で。どれだけ金を積もうが、治療には限界があった。その子供が亡くなった翌日のことだ。彼は変わらず、カリムに食事を運んだ。ジャミルが覚えたばかりの包丁で捌いた、デザートの果実をプレートに添えて。
食事を口にしたカリムは、これまでと比べ物にならない量の血を吐き、昏睡した。問い詰めると、
『息子が亡くなりました。私はカリム様をまるで自分の息子のように大切に思っておりました。ですから、息子だけあの世に行くのは不公平でしょう?旦那様』
彼は、国の管理された然るべき場所へと連行された。そのあとどんな刑に処されたのか、カリムとジャミルには、知る由はなかった。
芝生に蹲り、震える体を抱きしめる。
「放せ、命令だ!」
「聞けない」
主人が身動ぐほどに腕に力を込めてやる。対等ではない相手に対して随分な態度だとは思っている。
だがこの哀れで幼い主人を罵倒する気にはなれない。
「誰もいらないなら俺だけを欲しがれよ」
耳元で囁くと、カリムはぴたりと抵抗を止めた。胸の鼓動がよく聞こえる。
「食事は俺が用意する。いつもと変わらない。2人でも宴はできるさ」
たしかに裏切った相手の顔を見る。この世に絶望した、濡れた紅い瞳。現実ではもっと濁った瞳を宿していたように思う。
止めどなく溢れ出る涙を指で受け止める。冷たいのに、あたたかい。
「…俺は、俺たちは、友達だから。」
毒を盛る理由なんて、ないだろ。
「うそだ」
信じられない。
「信じなくてもいい。俺はお前を連れ帰れば、それで。」
「ジャミル、嘘つかないでくれ」
「…お前に嘘はつかない」
少なくとも、あの姿を目にした今の自分に嘘をつけるだけの自信はなかった。ここでそんなことをしてしまえば、現世に残る優秀な魔導師たちになんと言われることか。
ジャミルは、カリムの顎を取り、ゆっくりと顔を傾けた。
触れるだけの口づけをして、離す。
「あっ…」
「これも、嘘だって言うのか?ご主人サマ」
瞳を細めると、ぐしゃりとした涙が溢れ出た。頬に添えた手が冷たく濡れていく。カリムは子供みたいにしゃくり上げた。
「信じさせてくれ、ジャミル」
首元にカリムの腕がかかったのを、確認して、抱き上げる。果実しか摂取していない身体なんて、軽いに決まっている。
風が強く吹き荒れた。大樹の葉が揺れ、芝生の花々は散る。ジャミルはここに来て初めてその光景の繊細さが綺麗だと思い、悟った。
風に吹かれて、大樹の先にある果実がぼとりと音を立てながら落ちて消えていく。
ジャミルの腕の温もりに安心しきったカリムは、もうそれには手を伸ばせない。
「…世話のかかる奴」
白く光る上空の色は、夢の終わりを暗示していた。
***
「う…」
重い目蓋を開いて、体を起こし、辺りを見回す
砂の城の中の大蛇は消え、雨風も止んでいた。ここは学園の庭だ。元通り、青い芝生も蘇っている。
握り締めた手の先にはまだ眠るぬくもりがある。夢見をする前と比べて顔色はよく、口元は笑みさえ浮かべているように見えたが。
「まぬけ面」
どっと、力が抜けた。
呟いてからカリムの隣に寝そべる。背中に感じる雨に濡れた雑草は、青空を眺めれば不思議と不快感がない。
ふっと、影が出来る。
「のんびりしてる場合じゃありませんよ。学園長にはどう報告するおつもりで?」
「あー、俺は帰る。かったりぃ」
「ちょっとレオナ!あんたアレ片付けなさいよ!どこもかしも砂だらけでしょ?!」
「レポートはしっかり書かないと…ボクらの寮全体の評価にも繋がる」
「連帯責任とか、無理ゲー…」
「ふむ。やはり人の子だったか…見間違えたかな」
頭上で口々に始まったやり取りを聞き流し、横に眠るカリムを見つめる。
涙の跡が残る頬をジャミルが優しく撫でてやると、ふわりと口元が緩んだ気がした。
ジャミルは明るさを取り戻した空を見上げて、早く、甘い果実のような笑顔を拝みたいと、願わずにいられなかった。
ようこそ、おかえり
「ジャミル、」
得体のしれない何かに向かって、呟く。
寮生やアズール達や監督生。全員にユニーク魔法をかけていたと白状したジャミルの背後に迫りくるのは、鎖で雁字搦めになっている黒い巨人だ。ジャミルはずっと、笑ってる。笑ったままのジャミルと俺達の間には、黒い壁。よく見ると、蛇のような生き物がおびただしい数が張っている。
監督生が真っ青になって、口元を抑えて膝を折る。それを、グリムと、フロイドとジェイドが支える。
見えない。ジャミルのことが見えない。黒い巨人に飲み込まれてしまう!届くと願って手を伸ばすと、アズールに腕を力強く引かれた。
「ジャミ、」
「いけません、カリムさん!」
オクタヴィネルの三人が掌を翳すと自分たちを守るように無属性魔法特有の防衛が張られた。幾多の黒蛇が飛び跳ねて、防衛魔法のエリアに当てられ消え散る。少しクリアになった目の前の視界には、俯いて、横に揺れながら、笑っているジャミルが其処に、居る。
黒い巨人が呻き声をあげて鎖を引きちぎった。すると、防衛魔法では補えないほどの炎、水、木、全ての要素が合わさったような、生ぬるい風が一気に吹き込んでくる。
「まずいですね」
「ほんと信じらんね~」
「このままだと持たないかもしれません」
「アイツ、おっかねえんだゾ…」
「ジャミル先輩…」
いつまで防衛魔法が持ちこたえられるのかわからない。カリムは寮長である証の杖を翳して、防衛魔法に隙間を作り、するりと抜け出す。
「カリムさん!」
危険です、戻りなさい、と、声をかけてくれるアズールは、自分と違って本当強くて頼もしい、寮長だと思う。だから、皆慕うのだ。黒い巨人が手を広げて、出来た黒い空洞に、ジャミルを招き入れようとしてる。
ジャミルの身体を黒蛇が這う。
少しでも気を引けることができるなら、そこへ飛び込んでいける。
「ジャミル!」
「五月蠅い!」
予想通り、俺の声に反応した黒蛇たちがこちらへと向かってくる。ジャミルの標的は最初から俺だったという証明だ。受け入れるようにこちらも両手を広げて待っていると、黒蛇たちが導くように巻き付いてくる。少し呼吸は苦しいが、ジャミルを助けるためにはこれしかない。
「-ッ!」
身体が少し浮いたと思ったら、一気に巨人側へと引っ張られる。気を失ってしまうほどの強さだ。
ブラックホールの中にはいったい何があるんだろう。教えてくれ、ジャミル。
叫ぶ監督生たちを置き去りにして、心の中でそう、呟いた。
井戸の底、鯨の胃の中。
行ったことはないけれど、例えるならば、それらに近いと思う。静かで、暗くて、時折寒い。さっきまでの喧騒が嘘だったように、静寂に包まれた空間。目を覚まして起き上がると、確かな傷みを感じる。黒の蛇たちに締め上げられていたときの跡だ。暗くてよくは見えないが、手首を摩ると、鬱血したのか肌触りに違和感がある。身体全体にその痕が残っているだろうとは思うが、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。
ゆるりと立ち上がって周りを見渡す。灯りすらない。出口があるかどうかすら分からない。けれど、決して1人でこの空間から抜け出しては駄目だと本能に刻まれている。
俺の目的、標的は。
しばらく歩いていると気配を感じた。誰かなんて、よく分かっている。目を凝らしていると目線の先に蹲っている人影が見えた。
「ジャミル!」
駆け寄ると、反応した人影が顔を上げた。
それは、よく知る、とても幼い姿。
カリムは絶句した。探していた親友だ。それは間違いない。でも、
「だれだ」
記憶の中にある、幼い声。幼き日のジャミルは目元を腫らしてこちらを睨んだ。小さな身体を取り囲む蛇も一斉に牙を向けた。
「カリムか」
悍しい嫌悪を感じるが、一歩進むたびに、黒蛇が舌を伸ばし、牙を剥き、近づくなと警告を促す。
「これいじょうちかよるな。くるな。おれはおまえのせいで、さんざんなんだ。いつも、おまえがきらいだった。なんにもできないくせに、へらへらわらって。のうりょくもないくせに、りょうせいにしたわれて、りょうちょうになれたのはおまえのちからじゃない。むのうな主人はいらない。なのに、まわりの大人たちはお前にこびへつらって。もううんざりなんだよ。母さんに叱られるのもいつも俺だけだ。俺は1人で努力した。お前より勉強も運動もできる、ダンスだってマンカラだって負けない。それがどうして駄目なんだ?俺たちは友達だろう。いつも俺に頼ってばかりのお前に、なんで譲らなきゃならないんだ?お前はたくさんの大人に守られてる。
どうして、どうして誰も、」
俺を助けてくれないんだ?
「ジャミ、ル…!あ、ッ…!」
ジャミルの涙を纏った無数の黒蛇は、カリムの手足と喉に食らいつく。あまりの強さに、顔が歪む。だが、振り解く暇があるなら、一歩を確実に進めたほうがいい。カリムは呼吸を整えながら、前に進む。ジャミルの背後から突風が吹き荒れて、黒の艶髪が成長する。幼少期から現在の背丈になって姿を現したジャミルの瞳からは、黒い涙が流れている。
カリムはぐっと唇を噛み締めた。
「…今まで気づけなくてごめん」
辛いのは、ジャミルのほうなのに、言いながら涙を流す。アズールがいたらこれを「無自覚の傲慢」と呼ぶのだろう。泣いては駄目だと、手の甲で乱暴に拭う。
いつものジャミルなら、化粧が寄れる、なんて言って困った顔をして直してくれるんだ。お前はそういう奴なんだよ、ジャミル。お前にどれほど助けられてきたか。それは事実なんだ。
「五月蝿い、嫌だ、消えてくれ、虫唾が走る」
一瞬目を見開いたジャミルは、苦しそうに顔を掌で覆い隠した。両手を伸ばす。あともう少しだ。蛇に噛みつかれた。あちこち血が流れてる。でも痛みは感じない。
「悪いな、今は死ねないんだ」
お前を助けるまでは絶対に。
ふと、笑みが溢れた。
腕も足も使い物にならないほど血が流れていたって、「殴ってやればいい」と言われた拳を開く。このボロボロな両手は、小さかったあの頃も今までのジャミルも、全てを抱きとめることができるはずだから。頼りないかもしれないけれど、受け止めることはできる。
目前まで迫ったジャミルの身体を捕まえる。
「俺を信じて、ジャミル。必ずお前を助けてやるから」
背中に両手を廻し抱きしめると、黒蛇たちはカリムの身体を牙で抉り続けた。
「やめろ、やめてくれ、俺はもう何もかもどうでも良いんだ、この先は地獄だ、なんにもないんだ、俺は」
怯えた声に混じるのは涙だ。蛇たちもきっと泣いている。震える背中を蛇ごと、掌で包み込む。
「みんなお前を待ってる。…帰ってきてくれ、ジャミル」
唯一の願いは、俺の元へ、さあ。
***
「どうなることかと思い、ました、カリム先輩たち、帰ってこなかったら、どうしよ、って、」
「おまえ、鼻水も出て…あーっ!放すんだゾー!鼻水がー!」
えぐっ、とぐしゃぐしゃの顔をした監督生はげっそりした顔のグリムを抱きしめる。カリムはゆっくりと起き上がると、目尻を下げて、俯く監督生に微笑んだ。
「ごめんなあ。巻き込んじまって…」
「う、うっ、ごわがっだ…!」
「よしよし、怖かったよな、心配かけたな。でも俺は見ての通り!もう大丈夫だ!」
ぐすぐず泣く監督生の頭を撫でて、歯を見せて明るく笑うカリムに、ジェイドとフロイドはお互いの顔を見合わせた。
「あんな血だらけで、な〜に言ってんの?ラッコちゃん」
フロイドはカリムの頬をつん、と指で突いた。
「いくら回復魔法が間に合ったからと言っても、危険な状態だったんですよ」
ジェイドは少し屈んで寝床のカリムと目線を合わせた。
黒の巨人から放たれる攻撃を避けることで精一杯だった最中、突然巨人は呻き声を上げて攻撃をやめた。目の前に再びブラックホールが現れ、抱き合った状態のジャミルとカリムが吐き出された。カリムの身体だけは黒い血に覆われているようだった。2人とも意識はない。
巨人は頭を抱え、暴れる。チャンスですね、と呟き杖を構えたアズールに続き、フロイドとジェイドがマジカルペンを翳す。
3人全ての魔法が合わさった時、監督生はグリムを庇い、目を瞑った。強力な、圧倒的な魔法が放たれて、黒の巨人は消滅した。
「…みんなに迷惑かけたな。本当にごめんな…助けてくれて、ありがとう…」
カリムは目尻から涙が溢れそうなのをぐっと耐える。
最悪の場合だってあったのだ。こちらが負けて、ジャミルだけが生き残った世界。たったひとりで終わらぬ宴を。ジャミルがひとりぼっちになる。それならば、と、飛び込んだのらカリムの揺るがない意志だった。
アズールは、呆れたようにため息を吐いた。
「本当に良い迷惑です。この報酬は高くつきますよ」
防衛魔法を破ってまでも、裏切り者の元へ駆け寄った主人を哀れむ。自分がどうなるかも分からずに。
「ああ、好きな額を言ってくれ!」
カリムの言葉に、ジェイドとフロイドはゲッと顔をしかめる。はあー、と大きなため息をつくのはアズール。
「そういう所なんですよ、カリムさん…。請求先は、ジャミルさんにしますね」
「なんでだ!?」
本当に分からないといった顔をして驚くカリムを他所に、アズールは空中に浮き出た契約書とペンを持ちすらすらと書き始める。
「…あんなことされたけど、ほんのすこし、ジャミル先輩に同情します…」
「お前、もう放すんだゾ…」
しおしお顔のグリムの肉球で目元を冷やしながら、監督生は涙を止めた。
空から井戸の奥底まで届く、陽射し。鯨が口を開いて、潮の流れと共に流れ込んでくる小さな稚魚。
例えるならそれに近い。
来るなと叫んでみても、それは近づいてきて、まるごと、優しく包み込まれる。
ずっと、帰りたかったのかもしれないそれに、安堵して瞳を閉じた。銀白に、柔らかく細めたルビーのような紅。何十年として見てきたそれに、自然と涙が流れた。はっとして目元を擦る。起き上がろうと目線を動かすと、掌に温もりを感じた。
辺りを一層すると、にやりと唇を三日月の形にして笑う陸の人魚。
「おはようございます、ジャミルさん」
お加減いかがですか、なんて、続く言葉に手をぎゅっと握りしめる。ぴくりと反応を示したカリムは、目を覚さない。おやおや、とアズールは続ける。
「カリムさん、しばらく付きっきりでしたからね。あなたが目を覚さないと知ってから」
「…どのくらいだ」
「2日間、眠り続けてましたよ。僕と同じようにね」
同窓だと言いたいのだろう、あの瞬間を思い出す。
計画が失敗してからなにもかもがどうでもよくなって全てを手放した。快感だった。得体の知れない何かに身を預け、考えることを放棄し、闇の中で泣き続けることを選ぶ。全てを拒絶する瞬間は嬉しかった、けれど。
そこは酷く、寂しかった。
「ジャミル…」
掌の温もりは、俺を呼び戻した。地獄の底から、外の世界へ。
「本当に、お前は馬鹿だな」
死ぬかもしれなかったんだ、と自覚したら背筋が凍る。しゃがみこみ、寝床に上半身を突っ伏したふわりとした銀白の髪を撫でると、眠りこける頬に痛々しい傷跡が残っているのが見えた。それに、涙の跡だって。裏切り者は見捨てればよかったのに。
こいつにはそれが、できない。
「馬鹿同士、お似合いじゃないですか?」
「そう思うなら、出て行ってくれないか?邪魔をするな。報酬の話はその後だ」
「…まったく、あなたみたいな裏切り者を好きだなんて、神経疑いますよ」
ジャミルはカリムの頭から耳に触れ、肩に触れ、輪郭を確かめるように掌を這わせる。その滑らかな手つきがそろそろ唇へと変わりそうだと思い、アズールは、契約書をサイドテーブルに置く。
「必ず、報酬は頂きますからね」
パタン、と扉が閉じられた。
腕から手首にかけて、鬱血した跡は締め付けられた証拠で、頬と背中と首筋に残るのは噛み跡。自身の感情が制御できなかった事実を突きつけられる。愛しむように手を這わせていると、ぴくんと頬が動き、瞳が開かれた。ぼろぼろと流れ始めた涙を舌で掬う。
そのまま薄い唇に、重ねるそれは、一体どんな温度だったのか。
「ジャミル、生きてて、よかった」
暖かな陽射しを浴びたオアシスの水に似た体温を、抱きしめた。
スカラビア寮生による報告
【寮生Aより】
すやすや。
聞こえる、寝息が。最初、目を疑った。あれ?うちの寮って、赤ちゃんいた?誰か魔法薬被った?違う。よく見たら赤ちゃんのサイズではない。
「むにゃ…」
?????宇宙猫、スペースキャット。俺だけじゃない。他の奴らにもスペースキャット化現象が起きてる。談話室の中央で、両手でむにむにと目を擦り、膝を立てて、くふふと笑う。
あ、良い夢でも見てんすね。美味しい飯でも食べてんのかな?ちょっと涎が出てますね、寮長…。他の奴らが言う。寮長、こんなとこで寝たら風邪引くよな…。他の奴らが言う。そうだ!と閃いた俺は、先日の模擬試験でMVPを頂いたばかり。周囲に優秀さを知らしめることができた。あの時の蛇の視線は怖かったけど優越感があった。
どーだ!まいったか!と思っていたら、すごいなお前!と、すやぴぴ寮長からお褒めの言葉。あ、もうほんと、好き。と思った。
自分の寮部屋に戻る。あまり使ってなかったブランケットがあったはず。引っ張り出して丁寧に畳んで、再び談話室へ。お風邪を召しませんようにと、すやぴぴ寮長の体にブランケットをそっとかける。
「ん…」
まだまだ幸せそうな寝顔を浮かべている。よかった。俺は未だかつて寮長を裏切ったことなどない。あの時も意見を変えてゆく寮生たちを説得しようと最後まで足掻いていたのは俺だ。むしろ中盤から蛇の目の方を疑っていた。だって17年間、一緒に居て情緒不安定で済ませるか?普通。普段からマウント取られまくってる身としては矛盾、違和感だらけだった。
蛇の目に散々なことをされた。それでも寮長は、奴を許し、その上自分にも否があるなんて言い出した。実際のところは分からない。2人のことは、まだ2年弱の付き合いしかない俺には知り得ないことがある。ただ、俺が目にした正しい事実は、俺が慕っている寮長が、信頼していた奴に裏切られたということ。じゃあ、傷ついたであろう寮長を励まして、心配するのは当たり前のことだろう。
傷つい…
「ん〜…う〜」
てる…?
「めっちゃ寝てる…」
すやぴぴ、寝返りをうつ。
天使の寝顔という言葉通りの顔に、この間の副寮長クーデター事件は夢だったのか?という錯覚に陥りそうになった。裏切られたよね?泣いてたよね?それを踏まえて、時間をくれないか?って、シリアス顔で言ってたよね?幻覚だったのかな…宙を一瞬見て、目元をごしごし擦っていると、後ろから人の気配がした。
「またこんな場所で寝てたのか…」
「アヒッ」
蛇の声に、心臓が跳ねた。素っ頓狂な声を出して振り返ると、やれやれ後方彼氏面をしている副寮長様が居た。すやぴぴ寝顔を眺めて、困ったように眉を下げる。
俺には分かる。この目はどう見ても、寝顔を堪能してる時の。
「このブランケット、お前のか?」
「お、おう…」
あの日からキャラが変わった副寮長は俺のことを君と呼ばなくなった。ちなみに殺意も隠さなくなった。殺意とはお察しの通りである。
「え」
寮生からブランケットを取り、丁寧に畳んで、胸元に押しつけられた。反射的に受け取ってしまうと、蛇の目がにこやかに笑う。
笑って、すやぴぴ寮長の背中と膝裏に腕を通し軽々と持ち上げて見せた。
「気が効くじゃないか?」
お前にしては。
聞こえない言葉が聞こえた。
天使の寝顔を抱いて上機嫌な蛇の副寮長は俺に背を向けてさっさと歩き出す。談話室出口付近には、寮長を心配する寮生たちが列を成していたはずが神様が舞い降りた時の荒波のようにさっと引いていた。副寮長は神じゃあ、ない。
ああなんだ、と、蛇が言う。
「お前たちも心配してくれていたのか?こいつは幸せ者だな」
マウントが止まらない。数人の寮生の目が死んだ。
「後は任せておけ。カリムは俺が、部屋で寝かせるから」
じゃあな。
俺の目も死んだ。
【寮生Bより】
ねみい。眠いけど、腹は減る。休日の朝。部屋を出てキッチンへ向かう。なんかあったかな。気怠げに歩いていると。
ガッシャンッ!!!!!!!!!
「え、何?!」
食器が揺れる音?まさか寮長が何かやらかした?怪我でもしたら大変だ。急いで向かわなければと走る。走っていると、後ろからギュンッと風が吹いた。ひらりと舞うのはシルク生地の寝巻き。いい香りのおまけ付き。走って横に並ぶ。
「寮長ッ?!」
「おっ!おはよう!」
「おはようございますっ」
「すげー音したよな!」
なっはっは!と笑い、2人揃ってドタバタと息を切らしてキッチン入り口へ。あれ。寮長がここにいる。じゃあ誰だ。キッチンにいるのは。
「ジャミル、大丈夫か?!」
「……」
食器を置いている副寮長の後ろ姿に声をかける。どうやら割れてはいないらしいが、答えない。ああその態度にイラつく。振り返り、こちらに向かってきた副寮長はあろうことか。
「おわっ」
「は?」
ぎゅと正面から無言で寮長を抱きしめた。
どうした?という寮長の問いかけに人差し指でキッチン奥にある冷蔵庫の下を指差す。これは…
「ごk…」
「皆まで言うな」
キッ!と虫嫌いな蛇の目が寮長の背中越しに俺を睨む。虫とかいうレベルではない。いやそもそも、寮生全員、念入りに毎日掃除をしている。季節の虫が侵入するならまだしも、ごk…あえて、Gと言おう。Gがキッチンに?熱砂の大富豪跡取り息子が住む空間に、G?考えられない。
んん?と、寮長は目を凝らす。
「ジャミル、ちょっと離してくれないか?」
「お前は俺を1人にするのか…」
「1人じゃねーだろ、俺のこと見えてんだろ」
「見えないな」
「あ"?」
ぷいと顔をそらす、蛇。腹立つ〜!!!!やっぱりこいつはいけ好かない!バチバチと火花を散らしそうになっている俺たちをよそに寮長は冷蔵庫下にしゃがむ。ひょいとG…を摘んだ。
ヒッ!と声を上げたのは蛇の方だ。
「馬鹿!触るな!バッチい!」
「なんでだ?これおもちゃだぜ!」
「えっ」
「やっぱりな…」
そう、思った通りだ。寮長に掴まれたそれは動かない。ゴム素材でできているのか、ぷにぷにと弾力性もある。誰かの悪戯。それは間違いなく、副寮長の虫嫌いを知ってる人間。寮長に許され、愛の加護を施されている、副寮長に嫉妬してる人間の仕業…
「……」
「俺じゃないからな?!?」
「大丈夫だ!ここにいる誰もお前のこと疑ってないよ!」
「どうだか。カリム、こういう奴に限って腹の中じゃ何考えてるか分からないんだ。気を付けろ」
「どの口が言ってんだ…」
お前だよお前。またちゃっかり、後ろからがっちりホールドして寝巻き寮長SSRを抱きしめてるお前だよ。距離感。ここがソーシャルディスタンスを求められる世界なら、有罪だ。
「でも、悪戯は感心しないなー。やるなら正々堂々としないとな!」
「本当にな」
おまいう?
自分の手は極力汚さず、周りを洗脳し寮長にヘイトを向けようとしていた張本人は呑気に寝巻き寮長を堪能している。俺には分かる。放っておいたらその寝起きのふわふわ白銀頭を吸い始める。それは阻止したい、と、寮長から蛇を剥がそうと手を伸ばすと。
「怖かった…」
捨てられそうな子犬みたいな声を出す。ぎょっとする俺と、きゅんと心臓を掴まれたような顔をする寮長。
「そうかっ、驚いたよな、ジャミル…。ほら、おもちゃだったんだしもう気にするな! それにいつもお前たちが掃除してくれてるだろう?虫なんて今までもこれからも絶対出ないぞ!出たとしてもオレが退治してやるって!だから、安心してくれ」
寮長はくるりと蛇に向き合い、よしよし!と頭を撫で、背中を摩り、掌でぽんぽんする。ぐずる子供のように寮長の肩に顔を埋め…てるように見せかけて、寮長の髪から香るいい匂いを堪能している!俺には分かる!あわよくば吸っている!!
蛇は俺に向かって、べえっと長い舌を見せた。
「このクソ蛇…その辺にしとけよお前…」
「カリム…あいつ怖い…」
ぴえん顔。
お前はその顔を許されるキャラではない。キャラ変も大概にしろ。って、思うのに、我が寮長はこのぴえん蛇副寮長に絆されすぎている。
寮長は困ったように幸せそうに、笑った。
「お?2人とも、いつのまに仲良くなったんだ?」
「「仲良くない!!!」」
副寮長の座、カリム・アルアジームの隣席、相棒、マブダチ、その他諸々の称号を得る戦いは、当分終わりそうにない。